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大杉漣さん――「大根役者」の死 [考える]

大杉漣さん――「大根役者」の死

最近のスマートフォンはありがたいことに、
テレビが報じる前に、ニュースアラートで速報が飛び込んでくる。
昨日の速報もまた、平昌五輪の金メダルや、俳人の金子兜太の死去など。
でも「俳優の大杉漣さん死去」のアラートは、その文字情報と彼の風貌があまりに一致しなかった。
なにかつい最近まで、活躍の様子を見ていた気がしたからだ。

遅咲きの名脇役、その存在感と渋みが好きな俳優さんだった。
20180222大杉漣.jpg
そして、私の亡き父の輪郭に、少しだけ似ていた。
多少呆然としながら、一度も会ったことのない彼の死を想っていた。

ふと文章を書きたいと思った。
書き殴りですみません。

-------------------------

一年中、八百屋の軒先に並ぶ青首大根にも旬(しゅん)がある。
時期的には秋から冬にかけてが美味しいのだという。
道理で、大根は冬の季語である。

刺身のツマに、ブリ大根に、焼き魚の大根おろしに。
主役を引き立てる役割の大根を、もしなにかが代理になれるかというと、思い浮かばない。
おでんの具種のように、実は主役を張れる実力を持っているが、
一歩引いて周りを盛り立てる、奥ゆかしさも兼ね備える。
「大根役者」とは役者を評するときに誉め言葉でないが、
元来、大根のような役回りを演じられる役者の方が、記憶に残りやすい。

「大杉漣」と言うキャストを文字で見るだけで、コワモテの風貌と緻密な演技、
そして何よりも安定感に長けた脇役姿を想起して安心する。
その氏が昨日、亡くなったとの報に接し、年甲斐もなく動揺している。
あまたの映画・ドラマに出演し、その演技に魅了されてきた。
主張はせずに、でも余人をもって代えがたいその立ち居振る舞いを、
今後、だれに求めていけばいいのだろうと逡巡してみる。

遅咲きと言われるも、晩年はバイプレーヤーとしての立場を確立した。
バラエティ番組にも顔を出す一方で、
独特の声が生み出す「ナレーター」としては、
脚光の浴びにくい競技のスポーツドキュメンタリーでも活躍した。
もしかしたら、最も旬な「大根役者」だったのかもしれない。

届かぬ思いだが、旬を過ぎて枯れた氏も見たかったと思う。
季節は早春、名残りの大根を探しに行くことにする。
今年の冬はしっかりと寒かったので、案外甘みがまだふくよかかもしれないことを祈って。

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式守伊之助のセクハラ問題について [考える]

式守伊之助のセクハラ問題について

予告なしにアップ時間が遅延しまして失礼しました。
昨日は午後からプラネタリウムのリハーサルを実施し、
そのあと大宮のお店で静かに酒と向き合う時間に。
思えば、昨年末からこれほどゆったりとする時間はありませんで、
早めに帰宅したのですが、気持ちの良い酔い方で、すぐに寝てしまいました。
おかげで、記事執筆が間に合わなくなってしまったというわけです。

本日は定刻にめずらしく仕事終了。
急いで記事を書いているという状況であります。
といって、急いで書くような内容なのかなと思うような、昨今のあの問題について。
まあ、ハンドルネームがハンドルネームゆえ、避けて通れません。

2018年の大相撲初場所は1月14日から、東京・両国の国技館で行われます。
日馬富士問題、貴乃花親方問題で大揺れの協会が、
土俵の上できちんとした結果を出すことが、ファンへの姿勢だと思うのですが、
それに水を差す問題が、年明けにぼっ発しました。
それも、ハレンチな事件として。

立行司の式守伊之助が、10代の見習行司の体を触ったりしたとして、
セクシャルハラスメントの事案となりました。
沖縄での巡業の際に、泡盛で酩酊した伊之助が、部屋まで連れて行かれる時に、
介抱をした見習行司にことを及んだというもの。
被害を受けた見習行司が先輩行司に訴え出て、危機管理委員会の耳に入り、
委員会の聴取に対して、伊之助が認めて謝罪したとのこと。
新年の奉納土俵入りをはじめとする諸行事に、立行司である伊之助は自粛して参加せず、
本場所前の理事会で、処分が決定すると言います。
おそらくは、出場停止などの厳罰が下されると思います。

男色の気はないと答えたとの報道もありますが、
男社会ゆえ、まったくその手のものがないとは言い切れないでしょう。
性癖の問題は、この際、別の論議にすることとして、
激震に見舞われている最中の相撲界で、協会を構成する親方と同格ともいうべき、
現役の立行司の醜聞は、やっぱり頂けない事象であります。

結びの一番しか裁かない立行司は、
取り組みの結果に命をかけて責任を取るという意味で、
装束の懐には短刀を差し、仮に軍配差し違いがあったときは、
理事長に進退伺を出すのが慣習となっています。
現在の40代伊之助は、過去に明らかな差し違いで出場停止になったこともありますが、
毅然とした態度とテキパキした裁きには定評がありました。

正立行司の「木村庄之助」が空位になっていて、
そういう過去の問題から伊之助が昇格しないと言われますが、
本来、伊之助の先輩格にいた行司が、病気などで襲名前に引退してしまったので、
若くして50代中盤で伊之助になってしまいました。
だから、定年の65歳になる数年前に、伊之助は庄之助を襲名する、
だから現在は昇格が見送られていたという状況でもありました。
ですが、こういうハレンチな事件が起きてしまうと、庄之助はなお空位になってしまうばかりか、
伊之助も早々に引退してしまうかもしれません。

今回やり玉に挙がっている伊之助は、2つの点で親近感がわきます。
1つは、私のハンドルネームである「式守錦太夫」を、現・伊之助が以前襲名していたということ。
今の十両格行司・錦太夫は12代目、私が好きでご遺族と懇意にさせて頂いている錦太夫は10代目。
その間である、11代錦太夫を経て、伊之助に昇っていったゆえ、
出世名前として、誇らしくもありました。

もう1つは、現・伊之助は同郷の、埼玉県在住で、越谷市に居を構えています。
身近な存在として、先日の九州場所では通りがかる伊之助の写真を撮らせてもらいました。
IMG_8072.JPG

それゆえ、今回の事件は実に残念であります。

でも、こういうことを書くとまた誤解を受けそうですが、
この手のハレンチ事件は、メディアに流出する前に、内々で手打ちとなるものではないのでしょうか。
もちろん伊之助の行為は許容できるものではありませんが、
行司もまた相撲部屋の所属ゆえ、それぞれの親方が間に入ればいいもの。
報道によれば、被害を受けた見習行司は、処罰を求めずに謝罪を受け入れたとしています。
立場上、そうしなければならないのかもですが、なんかギスギス感が否めません。
伊之助の属する宮城野部屋と、見習行司の属する伊勢ヶ浜部屋は、同じ一門ですから、
よりいっそう、勘ぐってしまいます。
まあ、うやむやにする土壌もまた、相撲界の悪しき慣習と言われればぐうの音もないのですが・・。

年末年始のテレビの特番に、力士たちが一切出演しなかったのも、
今般の不祥事への自粛だったようだし、
初場所を天皇陛下にご臨席頂くことも辞退したようです。
そうやって、息をひそめて反省をしていた矢先に、
裏方である行司の最高位のハレンチ事件は、がっかりです。

そう言えば昨年の初場所は、インフルエンザが大流行して、
力士はおろか、行司も呼出しも出場できないことが多かったのですが、
今場所はついに、立行司不在となってしまいそうで、ミソがついてしまいましたね。

そんな中ですが、初日の日曜日、観戦に行ってきます。
引退してしまった日馬富士の昨年秋場所優勝での優勝額披露が、
粛々と行われるのでしょうね。
いろいろ見てきます。








タグ:相撲
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新年のご挨拶 [考える]

新年のご挨拶

穏やかな2018年、寿ぎの新年をお迎えのことと思います。
あけましておめでとうございます。
式守錦太夫です。

箱根駅伝の陰に隠れてしまっておりますが、13時アップのこの時間は、
実業団の「ニューイヤー駅伝」は佳境を迎えていること思います。
「陸王」盛り上がりで、TBSとしては視聴率が期待できるとのこと。
もしかしたら竹内涼真が出ちゃうのでしょうか(笑)

大みそか、渋谷は今年もスクランブル交差点を歩行者天国にするカウントダウンでしたが、
昼間にセンター街の雑居ビル火災で騒然となりました。
そして私の地元・春日部では、駐車中の車のタイヤをパンクさせる愉快犯が連日出没し、
これまた不安をあおっています。
2017年は最後の最後まで、バタバタだったような気がします。

ちなみに式守の年越しですが、通常勤務のあとに仮眠を取って、
2~6時の夜勤のあと、元日は仕事2セットというハードワーク。
小刻み睡眠で、0時になったときは仮眠中でした(涙)
まあしょうがない、私の職場環境だとまだ極度の緊張状態継続中ですからね。

今年も読者の皆さまに、日々のへべれけっぷりを紹介するとともに、
自分の触角が察知した楽しいこと、愉快なことを、
数多くご披露して行ければなと思っています。
相撲を中心としたスポーツ観戦、芸術、そして趣味全般。
今年も風呂敷を広くしてしまったことを、半分は悔やみつつ、
あと半分は、もっと広げたれ!と、なお行動半径を広く深くしていきたいと思います。

2018年は冬季五輪イヤーでもあります。
それも来月開催ということで、徐々に空気が温まってくると思います。
個人的には、夏季五輪よりも冬季五輪が好きでありますので、
全力応援宣言しちゃいたいと思います。
ピョンチャンは、時差がほとんどないので、楽しみですね。

毎年、この新年のご挨拶では、気になる芸能人の名前を記しまして、
こんな生き方をしていけたらということを書いております。
高田純次だったり、Mr.ビーンだったりと、基本的におちゃらけではありますが、
今年は彼女を記しましょう。
タレントの小島瑠璃子です。
20171231こじるり.png
最近では関ジャニ∞の村上君との関係を報じられたりしていますが、
特段、私がすごく好きというわけではありません。
でも彼女、昨年10月の選挙特番で、アナウンサー顔負けの本気レポをしたのを見て、
ポテンシャルというものがすごいなと思いました。
バラエティ番組で、海千山千の芸人などに鍛えられたのでしょう。
TPOに合わせて、見事な対応ができるタレントさんだなと思いました。

街での生放送レポで、突然乱入してきた一般人を前に、
ひるまずにカメラマンを別の方向に向けさせて、何事もなかったかのような場を作ったのは、
ネットの動画でも見ました。
怖かっただろうに、それをおくびにも見せずに放送を続行する根性。
すごいことであります。

容姿からして小島瑠璃子になれるはずありませんが(笑)
彼女のきめ細やかな立ち居振る舞いは、目標にしたいと思います。
でも、繰り返しになるけど、式守のタイプとはちょっと違うんだよな(爆)

ちなみに私の最近のお気に入りは、NHKの夕方5時ごろからの「シブ5時」に出てくる、
お天気お姉さんの「福岡良子」さんです。
20171231福岡良子1.jpg
童顔にアラレちゃん眼鏡、そして、天気予報がちっとも頭に入ってこない上半身(バカ)。
20171231福岡良子2.jpg
これは絶対に狙っているよなって思います。
――って、年頭の挨拶がコレかよ(爆)

ということで、今年も不快にさせないくらいの下ネタを織り込みつつ、
皆さまのご機嫌をうかがってまいりたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いします。



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大晦日(おおつごもり)に寄せて [考える]

大晦日(おおつごもり)に寄せて

勝手に慌ただしく過ごす2017年も、あと半日を残すのみになりました。
首都圏は好天に恵まれていますが、読者の皆さまの住む街は穏やかでいらっしゃいますでしょうか。
喧騒と厳粛が混在する大晦日を迎え、今年を多少ふり返りながら、
来たる2018年へのビジョンを考えてみたいと思います。

弊ブログはなんといっても、開設7年にしてついに、毎日更新が途絶えた時期を今年経験しました。
晩夏ごろからのさまざまな不安定さは、10月・11月の精神的な疲弊も重なり、
日々、義務的に文章を書くことの疑問を持ちました。
その結果、連日13時更新が2ヶ月ほど途絶えたのでありますが、
12月になって、文章を書きたいと渇望する思いが強まり、
また日々更新が再開しております。

メンタル面での不安定が、さまざまな部分に派生した一方、
趣味の面では、新たな出会いもありまして、
これまで知り合う機会のなかった人との交流も持つことができました。
芸術鑑賞はなかなかできなかったけど、
それでも人さまよりもアクティブに動くことができた1年だったような気がします。

2018年は目先のやるべきことだけではなく、長期的な視野で、
自分のライフスタイルを模索していく年になると思います。
余裕ある生き方というものを、探すことになるでしょう。
陛下も2019年にはご退位されることと、自分が何かリンクして行ければと、漠然と思っています。
もちろん皇室との関係ではなく「花道」という考えに対して、
そろそろ考えを巡らせる年齢に差しかかってくるのだと思っています。

年の瀬に、身内の話で大変に恐縮ですが、1つのエピソードをご紹介します。

双子の妹がいるのですが、その姉の方(妹1号)に、今年11月ごろ、封書が届きました。
「日本骨髄バンク」というところからです。

彼女は骨髄バンクにドナー登録をしています。
(私も以前よりドナー登録しています)

骨髄の移植を希望する患者さんと、その型が適合したという連絡でした。
私はドナー登録して8年くらい経ちますが、これまで一度も適合したことがありません。
しかし妹1号は、たまたま合致した数名に入ったとのこと。

合致したからただちに移植というのではなく、そのあと数段階の選抜があります。
採血をして細かい型の適合状況を調べ、健康状況を調べ、
長期間の入院(4~7日間)ができる環境かを調べるなどを経て、
最終的に移植になる、その第1段階でのアプローチです。

気軽にドナー登録しても、その負担の重さにたいがいの人は「移植拒否」を申し出る中、
妹1号は志願して、採血に向かいました。
母はその移植に難色を示していましたが、
もし母が承諾しなくても私が付添い人になるつもりでした。
別に他人の命を救いたいという崇高な思想があるわけではないのですが、
たまたま適合した人がいて、
その人に自分の体の一部を提供できるならという気軽な気持ちだったようです。

押し迫った12月下旬、妹1号に再度骨髄バンクから連絡が届きました。
「患者さん(移植を受ける人)の都合により、今回のマッチングは終了となりました」

私たちドナーは、その文章以上のことを知るすべはありません。
患者さんの都合――とは、もしかしたら、
患者さんが移植できる環境ではなくなってしまったのかもしれませんし、
移植以外で自然治癒ができるのかもしれません。
最悪の事態では、移植を渇望しながら、命が間に合わなかったのかもしれません。
言葉を重ねますが「文章以上のことを知るすべはない」のです。

妹1号から「残念だよ、間に合わなかったのかな」というメールが来ました。
見ず知らずの、自分とはまったく他人のだれか、
それも仮に移植をしたとしても未来永劫、
その人が誰なのかわからない「遠くの隣人」の体調をおもんぱかる気持ちが、
彼女に芽生えたのだとしたら、
この間の移植コーディネートで体験したことは決してマイナスではないと思いました。

もちろん、目の前で苦しんでいる人がいれば、
助けようと思うのは人間の本能であり、求められるものです。
でも、利害のない、なにも知らない人に対して、自らのカラダの一部を提供するというのは、
究極のボランティアであり、隣人愛であります。
自らの体にメスを入れ、副作用のリスクを背負いながらも、
前向きに移植コーディネートに臨んだ妹1号は、
身内ながら誇れる人間であり、尊敬したいと思います。

母が不安を思って、この移植に賛成しなかったときに、私は母に含めるように説得しました。
「おそらく本人が一番不安なのに、それでも移植に応じると言っているんだから、
それを身内が応援してあげなきゃ、だれが応援するの?
「うちの家系から、そこまで献身的なことができる人が出るとしたら、
自分はなによりも誇れることだと思う」
母の気持ちもわからなくはありません。
愛娘が、見ず知らずの人の為にそこまで施して、
金銭的にも精神的にも得るものがないのですから。

この年末、私の家族それぞれは、降って沸いた話でいろいろ考えを思いめぐらせました。
いちばん考えたのは、張本人の妹1号です。
その妹1号が「間に合わなかったのかと思うと残念だよ」と思えた。
その一文こそが、彼女と私たち家族をほんの少し成長させてくれたことだと思いました。
逢うこともできない、去就すらわからない、その患者さんに教えて頂いたのです。
それがもしかしたら、2017年の最大の出来事だったのかもしれません。

まとめてしまえば「骨髄移植の話が来たが、実現しなかった」というだけのこと。
たったそれだけのことです。
それだけの2017年、でもたった数センチかもしれませんが、私たちは前に進めました。
こういうことが、重なっていけたらと思うと、来年がなお楽しみであります。

どうか、穏やかな年の瀬をお過ごしくださいますよう。
大晦日に際して、今年最後のたわごとを読んでくださってありがとうございました。

                     式守錦太夫







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事故よりも事件を求める心境 [考える]

事故よりも事件を求める心境


年の瀬を謳歌している、式守錦太夫です。
相変わらず、日中はハードワークですが、夜になったら果敢に連日出撃中。

日曜日は地元で遅くから飲みに。
月曜日はアメフットの社会人決勝戦を見に東京ドームへ。
ハーフタイムショーがNOKKOで、ラズベリードリームとフレンズを熱唱。
もちろん、観客席の私たちも熱唱であります。
火曜日は上野鈴本演芸場での寄席を鑑賞。
人情噺に涙腺が崩壊しまくりであります。

そしてきょう、もしかしたら、新宿に相撲バナシをしにいくかも。
で、あしたはプラネタリウムのリハーサル。
なにげに、日曜日のトップニュースになったあの火災現場を見に行ってきます。
甥っ子の家では、おっちゃん(私のことです)が、
あの現場の「身元不明死体」だったんじゃないかと、話題が沸騰したらしい(爆)
いくらなんでも、そういう死に方はしたくないなって思います。
(実際に亡くなっている方がいる話なので、ご冥福をお祈りします)


その週末、たまたま地元の駅で見かけた光景
おそらく70代くらいの「おばあちゃん」が、年長さんくらいのお孫さんと一緒に駅にいる姿。
男児のお孫さんは、たまたま来たエレベーターに乗ろうと駈け出している。
荷物を持ったおばあちゃんを急かすような感じで。
そのおばあちゃんは、子どものようなかけっこをするのも難儀そうにしながら、
それでも目に入れても痛くないといわんばかりのお孫さんに、
「ちょっと待って、おばあちゃんはそんなに走れないよ」と言いながら。
男児は、そのおばあちゃんが小走りになる姿を目で追いながら、どことなく心配そうな表情。
困惑のおばあちゃんの表情、でもそれは真からの困惑ではなく、
活発な孫の姿を、やや面映ゆいなといった感じでありました。

私はたまたま、そこを通りかかっただけで、
そのあとのこの二人の言動は目で追いませんでしたが、
なんだか胸が温まるような光景として、その場を離れました。
もちろん、その後の二人を追えば、もっとステキな場面を見られたのかもしれませんが、
逆にお互いが身内ならではのざっくりした「あけすけ」な言動が出てしまいそうで、
あえてその場から意図的に離れました。

あとでこう考えました。
おそらく共働き、そして日曜日にも働く夫婦の、長男であるお孫さん。
たまたま近所に住んでいるおばあちゃんは、娘さんのお母さん。
せっかくの日曜日に、地元春日部のイトーヨーカ堂での「クレヨンしんちゃん」展を見に来た。
(現在、春日部のイトーヨーカ堂は期間限定で「サトーココノカドー」になっています)
元気放題のお孫さんに対して、足腰に少し難のあるおばあちゃん。
でも、孫のよろこぶ顔を見たくて、おみやげを買いそろえて、遅めの帰路に。
日ごろはサンダル姿のおばあちゃんが、よそ行きの安価のスニーカーを履き、
懸命に孫の後を追う光景。

――もはや、そういうのを想像するだけで、涙が出てきてしまうのは、
やっぱり人並みに、年を経たからなのかもしれません。

「目に入れても痛くない」という表現はあながちウソではないことでしょう。
孫が元気でいてくれるならば、自分が多少の犠牲になっても甘んじて受け入れるというのが、
偽りざる心境だと思います。

北陸地方で、車に乗っていたたった10分ほど目を離した間に、
忽然と姿を消してしまった、あどけない子どもの公開された写真を見ると、
親御さんはもとより、近しい家族や親せき、近所の人も含めて、
なんともココロが痛む十数日を送っていることと思います。
そばに流れる、急流の川を、そんなことはないと祈りつつ警棒で探す警察官。
その警察官もまた、子どもの親でもあります。
張り裂けそうな気持ちをぐっと噛みしめて、
草むらを探している光景を見ると、ヘンな思想ですが、
川に落下した事故などではなく、連れ去られた事件であってほしいと思う自分がいます。
事件であればまだ、必死の命の灯が消えていないだろうから。

報道陣に、心ここにあらずといった感じで、お孫さんのことを語るおじいさんの、
うつろな視線が、脳裏を離れません。

つい先日、私の前を幸せに浸ったおばあちゃんとお孫さんの会話と、
あまりに極端で残酷な違いを見せた、今はいなくなった子どもを探す人々。
なにかの間違いで、今もどこかで助けを求めていてほしいと、切に願う、
慌ただしい年の瀬であります。




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オリオンが教えてくれた夜 [考える]

オリオンが教えてくれた夜

先日、仕事上のちょっとしたトラブルがあり、23時近くに徒歩で路地を歩くことがあった。
今年の冬は、しっかりと寒くなっているので、凍えそうな夜道でもあった。
トラブルはすぐに解消し、相手と笑顔で別れたあと、ふと空を見上げれば、
光の害もない田舎の路地からは、冬の星座の代表選手、オリオン座がさん然と輝いていた。
20171213オリオン座.jpg

無論、オリオン座を見たのが久方ぶりだったわけではない。
日ごろ見慣れた星座だし、この時期はオリオンの姿を夜空に求めることも多い。
プラネタリウムに入れば、やっぱり自然にあの形而上的なカタチに感嘆する。
でも、先日見たオリオンは、なにか新鮮に見えた。

気がつけばここ数ヶ月、外気をふんだんに浴びながら夜空を見やる余裕がなかった。
若いころは、呼吸すると胸の奥が寒さで痛くなるような日であっても、空を見る時間があった。
出先からの帰り道は、手をポケットに入れて暖を取りつつ、
瞬く夜空と街の灯りを交互に見るのが好きだった。

思えばいつも、上を見上げる生活から少し遠ざかっていた。
うつむきがちに、そしてなにかに急き立てられるように先を急いでいた。
それが日常になってしまっていた。

帰宅したら、ラジオニュースで、いまの時期が一番夜の時間が長いと伝えていた。
昨年までは、日々のブログの更新で、そういう季節感を大事に感じていたはずなのに、
ここ数ヶ月、更新が滞ってしまってから、時の移ろいに鈍感になっていた自分がいた。

日々、どんなささやかなことでもいいから、発信をするということが、
自分の平衡を保っていたのだと思った。
そのバランスが崩れてしまってから、夜空さえ、寒ささえ感じなくなっていた。
それじゃいけないよねって思った。

ここ数日、過去のネタを棚卸するように、日々の記事を書くことができ、
なんだか安らぎを覚えております。
風邪気味で出撃を控えているという状況もあるのですが(笑)、
いまは文章を書くのが楽しく思えるようになりました。

忙しさにかまけていたこともあるのですが、できる範囲で日々更新を再開できたらと思います。
それを、厳寒の夜空に教わりました。

最近、部屋で過ごす時は、
加湿器とマフラーとぬくぬく靴下と温かい日本茶が手放せません。
結露した窓の外には、冬の大三角が輝いています。
そういう時間に、パソコンに向かって文章を書くのが、一番安らかな時間です。

今後もよろしくお願いします。

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日馬富士引退と、不寛容な社会にザンネン [考える]

日馬富士引退と、不寛容な社会にザンネン

式守錦太夫です。
避けては通れない話なので、福岡場所弾丸ツアーの連続記事の最中ですが、
この話題に触れておきたいと思います。

伊勢ヶ浜部屋の横綱・日馬富士は29日朝、
日本相撲協会に引退届を提出、受理されました。
すでにご承知のことと思いますが、日馬富士はモンゴル国籍ゆえ、
5年間はしこ名のまま、親方を名乗れる「一代年寄」の資格がありません。
よって、引退=廃業となり、協会に残る道が閉ざされました。

ここ数日の、ものすごい量の各種報道を見ておりましたが、
相撲の面白さを無視した、ある種の「ゴシップ」には辟易しておりました。
また、協会関係者、相撲知識人と呼ばれる有象無象が、
連日画面にでしゃばることも、興ざめしていました。

たしかに暴力に訴えた日馬富士は擁護することはできません。
例え「礼儀・礼節に欠けた言動」があったとしても、暴力で解決できるものではないからです。
また、来年にある協会理事選をにらんだ、各理事の動向と今回の事件を結びつけるのは、
あまりに稚拙であり、それこそ相撲道に反しています。
一度は名声を浴びた一握りの人が親方として、後進の指導を行っているのでしょうから、
その人々の利権を守るために、一相撲人をないがしろにできるはずもありません。

日馬富士を引退に追い込むまで、彼を叩き続けなければならないのが世論なのかと、
心底思いました。
つい先日まで、相撲人気復活とばかりちやほやして、
こと醜聞があると、手のひらを返すような報道になる。
この不寛容な社会は、極めて危険なものだと思わずにいられません。

引退の会見で、伊勢ヶ浜親方が日馬富士を「この子は・・」と言ったことに、
横綱といえども弟子師匠の関係は「親子なんだな」と実感しました。
20171130日馬富士.jpg
相撲部屋は家族のようなものだと、つい先日急逝した世話人の友鵬さんが、
教えてくれたばかりのことなのに。
だからあの会見は、子どもの不始末を親子で詫びている光景だったのです。
寛容な社会であれば、ある程度の社会的制裁があったのなら、
「許してやれよ」ということになりましょう。
それが、全人格を叩き潰すまでになっている。
これを集団的過熱取材(メディアスクラム)と言わずして、なんと言うのでしょうか。

この一件で、相撲人気が陰るのであれば、その人気は一過性のものだったのでしょう。
私の知っている相撲愛好者は、こんなふうに指摘していました。
「本当に相撲を愛しているなら、どこの国の人だとかそんなことで、応援をしなかったりしない」と。
もし、百歩譲って日馬富士がモンゴル人だから、引退やむなしとなるのなら、
それは明らかな「人種差別」であります。
私の周囲の相撲好きは、揃いもそろって、外国人力士のファンが多い。
そして当然私も、そういう視点で応援の強弱をつけることなく、
一様に精進している「お相撲さん」と思って応援しています。
それはこれまでも、これからも、変わらないことでしょう。

廃業する日馬富士を、もはや一ファンがどうにかできるものではありません。
でも、以前の安治川部屋の「安」という文字と、
モンゴルでは縁起の良い動物とされる「馬」から「安馬」というしこ名で、
最軽量力士が力をつけて横綱まで登りつめたことは、忘れることはないでしょう。
彼の厳しい相撲にもかかわらず、土俵際まで追い詰めて土俵を割った相手力士を、
両手で抱えて落ちないようにする優しさも兼ね備えていました。
それは彼自身がケガに苦しみ、せめてケガをさせないようにという気配りだったと思います。
油絵を描かせたら個展を開くほどの腕前。
大学院にも通うほどの向学心。
晩節を汚してしまったとはいえ、彼ほどの大横綱に、せめてもの救いとして、
協会は引退届を受理して引退をさせたのです。
解雇とか除名という、最悪の処分ではなかったのが、ちょっとホッとしました。

もしかしたら、こういう温情もまた「闇」だとして、
徹底的に改革すると意気込むお人もいるのだとしたら、
そんな不寛容な世界から、飛び出してしまった方がいいのではないでしょうか。
正義という言葉は、自分がその言葉を言ってしまった時に「独善」になってしまうのだと思います。
正義の名のもとにいる人ほど、実は客観的な概念の持ち主だと思うのですけどね。

子どものケンカを、親同士がことさらにして、
それを周囲の有象無象が面白がっているという構図になっているようで残念です。
任侠の世界だったら「手打ち」させて終わりのハナシ。
一体だれが、この騒動で得をするのでしょうかね。

これで相撲人気が冷え込むのだとしたら、たかだかその程度の「人気」だったのです。
つまり、実は私たち自身が試されているのです。
さあ、それでも私たちは、なお不寛容な社会を望みますか?



タグ:相撲
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「相撲は家族――」友鵬さんにお花を手向けてきました [考える]

「相撲は家族――」友鵬さんにお花を手向けてきました


今日は少ししんみりしたことと、自己満足の記事から。
でも、大好きな相撲に関連して。

3横綱2大関が休場してしまった大相撲秋場所は、
優勝決定戦の末に、横綱・日馬富士の優勝で幕を閉じました。
15年以上前、飲み仲間さんに誘われて見に行くようになった大相撲は、
いまや毎場所の開幕が楽しみでしょうがないくらい。
東京場所は今年から、場所ごとに3回も見に行くことになっております。
(ついに式守、11月九州場所も観戦か?詳細は後日)

弊ブログのHNにもなっている通り、特定の力士というよりも、
どちらかというと裏方さんに着目しておりまして、行司さんの先々代の式守錦太夫さんとは、
お亡くなりになったあと、奇跡的なつながりからご遺族と親交ができまして、
千葉・松戸の墓前にご訪問をさせて頂くほどになりました。

大相撲という「興行」は、その主役である「力士」たちの存在が第一義ですが、
その後ろには、さまざまな「裏方」さんがいらっしゃいます。
行司さんや呼出しさん、親方や日本相撲協会の関係者。
後援会や出入りの業者を含み、本当に大勢の人たちがいて成り立っています。

元力士で、親方にはならずに、その後も相撲部屋に属しながら、
日本相撲協会の仕事を行っている人に、
「世話人」と「若者頭(わかいものがしら)」という人々がいます。
BS放送で午後1時から、三段目や幕下の取組の時に、たまに解説席に座りますが、
一般の人の目につくとしたら、力士が土俵でケガをしたときに、
協会のジャンパーを着て吹っ飛んでくる人はだいたいがそういう立場の人。
国技館の各門の詰所にいて、関係者の入退場をチェックしたり、
ラジオ貸し出しをする親方の横でサポートをしたりしています。
本当に縁の下の力持ちで、相撲興行を支えています。

大嶽部屋所属の世話人、友鵬さんが秋場所のはじまる2日前の9月8日、
前日まで業務をしていたのにもかかわらず、急逝しました。
60歳でした。
20170926友鵬さん2.png
一度もお話したことがないのですが、国技館南門で、
通りがかる力士に、盛んに声をかけていた姿をお見受けしたことがありました。
幕内上位の力士からも、下の方にいる力士にも、慕われていたのが、
はた目にもよくわかりました。

場所中の9月12日、告別式が行われ、前日の通夜も含めると、
八角理事長や横綱・日馬富士も弔問に見えたとのこと。
なんかさびしいな、残念だなと思っていました。

9月12日というのは、私が大相撲観戦をしていた日のことです。
一緒だった相撲仲間のカメラウーマンさんの知り合いで、
相撲関連のライターをしている方の記事を教えてもらいました。
なんか、ポッと潤う文章に、心が乱れてしまいました。
「だれの」とか、そういう情報が一切ないのですが、
わかる人にだけ分かればいいという意味だと思います。

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20170926友鵬さん1.jpg
通夜の晩、朝方まで線香台の前、一人線香番をしていた若い力士。
おそらく祖父母もご両親も健在であり、彼にとって人生で初めての「お別れ」なのかもしれない。
何を思う……。

「相撲部屋は家族」との言葉を噛み締めたこの3日間だった。
相撲界は、人生に大事なことのすべてを教えてくれる世界だ、と改めて思う。

きょう(※式守注12日=秋場所3日目)は取り計らいもあり、取組はなかったが、明日、大嶽部屋の力士は全員土俵に上がります。

応援してやってください。(僭越ながら)
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相撲協会審判部は、告別式がある秋場所3日目、大嶽部屋の幕下以下の力士全員を、
取組から外すという「配慮」をしたということも、私の心を揺さぶりました。
裏方の人の死を、ここまでするのも、ライターの人の言う「家族」なんだろうなと。
自分はその家族ではないのだけれど、なんかココロに釣り針が引っかかっているような気がしました。

「国技館南門に、友鵬さんの遺影が飾られているって」と教えてくれた同行者と、
混雑する帰りの時間に、見に行ったら、先日記事化した通り、
画家の琴剣さんの渾身の絵と一緒にありました。
写真を撮ろうとしている私の横で、
同行者が遺影に手を合わせている姿に、私はハッとなりました。
そうだよな、家族だったら最初に手を合わせるんだよな。
実は彼女は、友鵬さんにお世話になったことがあるそうで、
一ファンの彼女にも、丁寧にしてくださったと言います。
遅れて私も手を合わせるけど、ココロのモヤモヤは晴れませんでした。

相撲好きっていいながら、まだ家族になれていないじゃないか――。

その気持ちを解消したかっただけのことですが、
秋場所12日目の9月21日、本当に小さな花束を買っていきました。
この日は別の人と一緒の観戦でしたが
「世話人の友鵬さんの遺影に花を手向けたい」と断って、一緒に南門に来てもらいました。

南門の詰所には、別の世話人の方と警備の人がいました。
入退場する力士たちのチェックをしながら、私の顔を見ていぶかしげにしています。
一般の観客が来るもんじゃないからでしょう。

小さな花束を持った私が、多くを語ることなく、
「友鵬さんにお花を持ってきたのですが・・」と言うと、
すぐに出てきてくれて「ありがとうございます、さっそく置きましょう」と、
琴剣さんの絵の右に、花瓶に差してくれました。
IMG_7210.JPG
自然と手を合わせて、合掌できました。

ご本人に気持ちが届いたのかどうかはわかりません。
たったこれだけで、自分も相撲の家族の一員になれるとも思っていません。
でも、この行為によって、自分が感じていたモヤモヤが晴れたのは事実です。
壮大なる自己満足でもあります。

若手と呼ばれる力士たちの台頭、活躍も光った今場所。
そして、相撲人気がピークに達し、満員札止めが続く本場所でもありますが、
裏方さんあっての「大相撲」だということを、再認識しました。
それ理解していたはずの私に、友鵬さんは心優しく教えてくれたのだと思います。

手向けたお花の中に、小さいけれど黄色のヒマワリをお花屋さんで入れてもらいました。
名残りのヒマワリ、秋場所の前々日に亡くなったのだから、
友鵬さんは今年の秋はまだ経験しないままだったのかな。
だから、世間は秋の色が濃くなってきていますが、お花には晩夏の趣きを含んでみました。
もう国技館の周囲には、虫の音が鳴り響いていました。

12日目観戦のレポートはまたあした。




タグ:相撲 両国
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日野皓正氏の騒動についての私見 [考える]

日野皓正氏の騒動についての私見


記事アップが遅くなり、失礼しました、式守錦太夫です。
2日続けて仕事で遅くなり、その後に飲みに行ったら、やっぱり疲れが出ちゃいまして、
ソファーで横たわったら、起き上がることができませんでした。
記事はやっぱり、書けるときに書いておかないとですね。

では本題。

かなり以前、上野にあったとんかつ屋さんの話。
低温で長時間、煮るように揚げる、パンケーキのような姿態のとんかつが絶品でした。
でも、こちらの大将は、実のお母さんと一緒にお店を切り盛りしていたのですが、
カウンター内でお母さんを叱り飛ばすのが日常でした。
どんなに美味しいものを供したとしても、その態度を目の当たりにしてしまうと、
評価できないなあと思ったものです。
せめて、閉店後にやりあうとか、お客さんの見えないところでやるとか、
そういう配慮って必要だなって。

トランペット奏者の日野皓正氏が、教育の一環として教育委員会主催の講座を開き、
その発表会で、ドラムを叩いている生徒の襟首をつかんでいるとされる動画が公開。
釈明に追われる事態に発展しました。
20170907日野皓正.jpg

彼の主張する「生徒と自分は親子のような関係で、そこでの指導だった」というのは、
私も理解します。
芸術なりスポーツなりは、理路整然と言葉でやり取りするよりも、
パッションや感情で行き交う方が、よりわかりやすい部分もあるからです。
体罰を是認するというのではなく、そういうやり取りの方が手っ取り早いし、
効果も上がる時もあるからです。

でも、もし愛のムチ的なものだったら、公衆の面前、
それも発表会のステージ上での醜態が果たして教育効果があったのでしょうか。
たしかに、生徒のドラムソロは、音楽のセッションを無視していたようですが、
こと音楽では、周囲との和が大事だという事前の指導を怠っていたとしか思えません。
技術はあれど、独りよがりになってしまったのであれば、
それは根本的な部分で、音楽のファンダメンタルなことを踏みちがえています。
それを日野氏ほどの人が、事前に指摘することはたやすかったはず。
で、少なくとも発表会というハレの場で、その行き過ぎを暴力的に辞めさせたのでは、
お客さんへの配慮も欠けているし、他の演者も気の毒です。
あの場で、まだ楽しい音楽を演奏しましょうという気持ちになるでしょうか。
楽しい演奏を聴きたいと思えるでしょうか。

繰り返しますが、体罰を是認しているのではありません。
ただし、一定の効果はあるというのが自論です。
でも、それを他人の前でやってしまうのは、配慮が足りないと思います。
私がもし、自ら見に行っている演奏会で、そんな光景を目の当たりにしたら、
おそらくはただちに帰ってきちゃうと思います。
好き好んで、そんな萎縮した現場に身を落としていたくないから。

セッションというのは、それぞれがソロを演奏するときに、
他のメンバーがスッとサポートに回れる、その臨機応変さが魅力だと思います。
スポーツ選手も、上手と言われる人ほど、他の選手のカバーもまたうまい。
逆にいえば、それができない人たちの集団は、どんなに個々が秀でていたとしても、
チームとしての厚みにはならないから、いいチームになりえません。

口でわからないから、実の子どもと同じだとして、壇上で引きずりおろす前に、
事前にもっと十分に話をする時間はあったと思うのです。
それでも理解ができなかったのなら、発表会に出演させるべきではない。
本質をはき違えている人が、ステージに立つことこそ、
音楽への冒涜だと思うからです。

今回の一件は、なにか順序があったはずなのに、それが前後してしまった。
でも俺は正論で、物事を貫いたけど、なんか文句あるか?と主張しているようです。
大変残念ながら、私にはプロセスが間違っていた時点で、
その後の展開は、なにをどう繕っても、正しくないと思うのです。

日野氏の類まれなる音楽家としてのパフォーマンスは素晴らしいと思いますが、
ことこの手の教育現場には、彼の才能はなかったのかなと考えざるを得ません。
前近代的な徒弟制度のもとで、後進の育成に携わってくれていればいいでしょう。

もっと音楽を通して、いいものが伝えられたんじゃないかなと思うと、
とても残念な事件でした。






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子どもの発するサインを感じ取る義務がある、私たちオトナ [考える]

子どもの発するサインを感じ取る義務がある、私たちオトナ

あすの9月1日を前に、さまざまな媒体で、子どもたちへの呼びかけが行われています。
すでにご承知の通り、統計上、子どもの自死が圧倒的に多いのが9月1日とその前後でして、
長い夏休みで人間関係がリセットできると思うのはオトナばかり。
子どもたちは本気で悩み、逃げ場を失ってしまうのだといいます。

子どもが発するさまざまなサインを、周囲の大人は察知してあげてほしいとのこと。
実は、社会がここまで呼びかけが広がっている反面、
家庭現場ではいまだ、圧倒的に学校に戻すための対策しか練られていないのが現状だと言います。

たしかに、家庭で「学校に行かなくてもいいんだよ」という指導は、しづらいかもしれません。
でも、せっかく授かった命をかけてまで、通う場所ではないと言えることが、
どれほどの子どもに勇気を与えられるかと思えば、それもありだと思うのです。
子どもに正対し、まずは子どもの言い分を全部聞き、
ざっくばらんに話をできる環境づくりが、遠回りだけれども真の「家庭教育」なのです。

誰しも逃げたくなる時がある。
その逃げるという選択肢の中に、自分で自分の命を奪うのを、
まずは先送りさせてあげて、そこから一緒に考えていくことが望まれます。
子どもの悲鳴を聞いてあげられなかった、大人に突き付けられた、
大きな課題でもあるのです。

昨年、一昨年の同時期と同じ文章を、以下に記します。
大それたことをしてしまう子どもたちがもし周囲にいるとしたら、
それを取りあえず止められるのは、もしかしたらこれを読んだあなただけしかいないのかもしれません。
20160829学生.jpg
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不登校の子たちの「たまり場」を運営していたことがあります。
最初に会うと、その子たちは親とか学校とかに戻される指導ばかりされていて、
土気色で、表情のない、それでいて敵対心をもった目で、私たちと向き合っていました。
先生や親と一緒に来て、話をするのは決まって大人たち。
本人がしゃべろうとする前に、大人が説明しようとしました。
「今度はあなたと話がしたいな」と、次に来てもらうときには、大人の皆さんには来ないでもらいました。
勉強道具を持ってきたので、「いいよ、勉強は。それより話をしようよ」と、
いろんな話をしました。
勉強をしないといけない、学校に行かないといけないという「~しないといけない」より、
「~したい」の方が、絶対に楽しいですからね。

学校に通っている皆さん、皆さんは「教育を受ける権利」を行使しているのです。
これは中学校も小学校も同じこと。
「義務教育」は、大人が子どもに「教育をうける環境を与える義務」があるだけで、
子どもの皆さんに義務はありません。

学校に行くのが辛くて、懸命に悩んだ結果「死ぬしかない」と思っているのだとしたら、
その「義務」だと思っている学校が、実はあなたが「権利」で行っているだけなんですよ。
権利の中には「いまは権利を行使しない」という自由もあるはずです。

この世の中で、「~しなければならない」というのには、大部分は「抜け道」があるんです。
その抜け道が見えないから、自分が自分を辛い方に追いやってしまっているのでしょう。
大人の中には、ロクでもない大人もいます。
そういう人たちって、きっと多くの「抜け道」を知っています。
そんな大人に、あなたの辛いこと、考えていること、許せないことをしゃべってみてください。
案外、すぐそばにそういう大人っています。
公園のベンチで昼間に寝ている人とか、図書館で涼んでいる人とか・・。
ワイシャツにネクタイはしていないかな、もしかしたらサンダル履きかもしれませんね。

そんな人を探したことないな、と思うなら、
せめて9月1日は、そういう人を探しに行ってください。
自分の話を聞いてくれる人を探す――、このためだけに動いてみましょうよ。
世間の大人たちは、もしかしたらあなたが思う敵ばかりじゃないかもしれません。
味方になってくれる人が必ずいると確信します。
それからでも、きっと遅くはないはず。

「死ぬ気になってやれ」とは、口が裂けても言いません。
なぜなら、もうすでにあなたは「死ぬ気」なんですものね。
でも、そのあなたの「死ぬ」権利を、ちょこっとだけ保留してあげてほしいのです。
教育を受ける権利も、学校に行く権利も、そして生死を決める権利も「保留」。
そんな「保留の生き方」っていうのも、アリだと思うんですよね。

あなたが悩み苦しんでいることを、やっと世間の大人たちが気がつき、
「自死するくらいなら逃げて」というようになりました。
逃げなくてもいいの、いっぱい選択肢があるの、堂々としていてもいいの――ですよ。
ただ、死んじゃうっていう選択肢は、もうちょっと待ってもらいたいな、って思います。
「もうちょっと」っていうあたりが、ズルいですよね。
これがおとなのズルさだと思うんじゃないですか。
そうじゃないのです、あなたのことをまだよく知らないから。
ちょっとでも知ることができたら、「もうちょっと」なんて言わず、しっかりと言うことができます。
あなたが、自分の置かれた境遇を、もっと多くの人に知ってもらいましょうよ。

もしあなたが、死のうとする勇気があるのなら、もう少し勇気を振り絞って、
その勇気を「保留」することができたら、私はうれしいです。


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