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昨日の地震と津波警報について [地震に負けるな!]

昨日の地震と津波警報について

たまたまこの日だけ、明かりをつけて寝ていた式守錦太夫です。
別に虫が知らせたという訳ではありません。
仕事上で朝からイレギュラーなことが起きそうだったので、
寝る時にたまたま、部屋の明かりをつけて寝ていただけのこと。

昨日の早朝に発生した、福島県沖を震源とするM7・4の地震と、それに伴う津波警報は、
「いい夫婦」(11月22日)を揺り動かす事態となりました。
地鳴りのような音と、長期的な横揺れは、安眠をぶち壊しました。
とっさにつけたNHKラジオはすでに、東北、北関東の緊急地震速報を伝え、
最大震度5弱を伝えた直後に、
アナウンサーの甲高い声で「津波警報が発表されました」と叫んだあと、
緊急警戒放送の信号音「ピロピロ音」が鳴って、
ただちにテレビラジオ同時放送(全波放送)に切り替わりました。
テレビの画面には、赤背景白抜きのゴシック文字で「すぐにげて!」のテロップ。
20161123地震1.jpeg
アナウンサーはなお甲高い声で
「東日本大震災を思い出し、ただちに高台に逃げてください」を伝えていました。

最大津波3メートルという津波警報により、
港に停泊している船舶が急いで沖に退避していく映像を見ながら、
5年半前も最初はその程度の津波予測だったのが、
どんどん悪い方に修正されていくのを思い出しました。
今回は宮城県で1・4メートルの津波ということですが、これはあくまで検潮所の数値。
入り組んだ海岸では、もっと大きな数字が出ている可能性があります。
津波に対しては「正しく慌てる」という姿勢を、東北地方の沿岸地域の方は学んでいたようです。
いまはただ、不安な余震活動に対して、最大限の警戒をして頂きたいと思います。

地震の直後、福島第2原発で、冷却装置が一時的に停止したとの報道が流れました。
実際に100分ほどの時間、停止したので、水温が若干上昇したと言います。
東電の説明では、地震の揺れで水位が変動し、タンク内の冷却水が低下したと判断して、自動停止装置が働いたとのこと。

仮にこの装置が停止しても、理論上は7日間の猶予があったとしていますが、
私たちが押さえておかなければならないことは、
「あの程度の揺れ」で「重大事故につながる」可能性があって
「たった7日間の猶予しかない」施設が、
廃炉に向けてなお残っているという「負の遺産」があることです。
この、自転車操業的な状況が、あと何十年も続くとするなら、
途方もない「爆弾」を絶えず抱えているのですよね。
あらためて、原子力発電という自分たちの安定のために、
とてつもないリスキーな選択肢をチョイスしたんだなあと感じました。
地震大国で、果たしてこの選択は正しかったのか、きちんと考えたいものです。

NHKの報道に関してですが、災害報道はすでに、東日本大震災を教訓に、
改訂したものが、すでに確立して運用されていると思いました。
今回は、「おはよう日本」のまさに6時台のオープニング時間でして、
ニュースヘッドラインの最初の項目を読もうとした時に、緊急地震速報が入りました。
気象庁からの緊急地震速報が入ると、画面の下半分にテロップが表示され、
NHKは放送の音声がシャットアウトされて、速報の自動音声が流れます。
だいたい15秒程度の間に、アナウンサーはかたわらに置いてある「非常時原稿」を用意し、
音声が生きたら、その文言を読みます。
放送席のモニターには、各放送局からの情報と、気象庁からの震度速報が映されるので、
それを読んでいくうちに、震源地や津波の有無がわかる仕組み。
もしそこで、今回のように津波の恐れがあって、警報以上になると、
報道というよりは、視聴者への呼びかけになっていくのです。

このシステムは、とっさのときでもアナウンサーなどがよどみなく報道を続けられるという点で、
評価されます。
ただし、それは放送をしているNHK東京が、それほどの揺れに遭遇していないことが条件。
今回は東京でも震度3の揺れがありましたが、さほどの緊迫感はありませんでした。
でも、津波警報が出てからのNHKアナウンサーの声は上ずってしまい、甲高い声になりました。
あの声を聞いて、パニックにならないかなとも思いました。
報道機関の使命は、正しい情報をただちに報じることだと思うのですが、
必要以上に慌てさせることは、果たしていいことなのでしょうか。

東日本大震災の直後、国会中継から報道スタジオに画面が切り替わり、
東京でも震度5強の揺れで、スタジオがてんやわんやなのに、
大ベテランの伊藤健三アナウンサーの、的確で落ち着いた声は、
いまのNHKの災害報道ではもうありえないのでしょう。
20120309伊藤健三.jpg
はやる気持ちを押さえて、いま何を伝えるのかを瞬時に判断できる、
職人のようなアナウンサーは、いまは昔のことになってしまったのでしょうかね。

語気は鋭く、時に命令調になってもいいから、
でも、声は落ちついてほしいなあって、まだ覚醒していない頭の中で、
NHKの災害報道を聞いていました。

津波の被害はおそらく今後、養殖施設や港湾関連に出てくることでしょう。
せっかく復興の目途が立ち始めたした東北地方に、また影を落とすことになりました。
なお不安な日々を過ごすことも、気の毒であります。
そして、今回の地震が5年半前の「余震」だということですが、
熊本の事例もあったように、それが本当なのかどうかは、いまの時点ではわかりません。

いまはただ、なんとか収束に向かってほしいと願う中で、
「正しく慌てる」ことにしたいと思います。

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心に刺さったとげのように [地震に負けるな!]

心に刺さったとげのように


【熊本・大分地震で特別運用】
この記事は4月20日12時執筆、
それ以降に状況が変わっている可能性があります。

特別運用をきょうで終了します。
もちろん、地震禍はまだ終わっていません。
エコノミークラス症候群が、いまだ猛威をふるう現場です。

個人的に地震以降、私の気持ちが萎えてしまい、
弊ブログでいつもの脳天気な記事をアップする気になりませんでした。
読まれる人によっては、その記事が不快に感じるというのもありましたので。
でも、あすからはまた元の体裁の記事に戻していきます。

何度も何度も余震におびえ、雨が降るとおびえ、土砂災害があるとおびえる現地。
でも、その地を離れない人も大変多くいます。
「土着」という言葉がありますが、その土地に根付いた生活をしておられれば、
おいそれと地域から離れづらいのもまた事実。
どんなに自然のむごい仕打ちを受けても、なおその自然と寄り添うしかない人々にとって、
熊本・大分は「ただ一つの自分の居場所」だと思います。
だからそこに住み続けるための支援、それは今後も継続します。
継続しなければならないのです。

昨日も書きましたが、政治のきな臭い話が露呈してきました。
選挙、TPP、オスプレイ、川内原発――。
私たちはそんな有象無象よりも、いまそこにある危機である「被災者救済」のために、
これからどう汗をかいていかなければいけないのか、考えたいと思うのです。
今後、現地がボランティアを受援する段になったら、おそらくは多くの人が現地に入ることでしょう。
支援の形はさまざまであっていいと思うのです。
型にはめず、ありとあらゆる形式ができたら、それこそが「被災者に寄り添う支援」になると確信します。

空き巣や強盗、詐欺なども多発しているといいます。
人の弱みにつけこむ、卑怯な蛮行です。
こればかりはモラルに訴えても駄目でしょう。
モラルの一片でもあれば、そういう犯罪は起きないのでしょうから。
取り締まりと厳罰、それも求めたいと思います。

私たちが今後、どういうスタンスで地震禍と向き合っていくのか、
そのことをなお模索していきたいと考えます。
約1週間の特別運用を終えますが、いつも心に刺さったとげのように、
今後も感じていたいと思います。



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天を恨まず、でも人間は可能な限り「反旗」をひるがえす [地震に負けるな!]

天を恨まず、でも人間は可能な限り「反旗」をひるがえす

【熊本・大分地震で特別運用】
この記事は4月19日12時執筆、
それ以降に状況が変わっている可能性があります。


来年4月の消費増税回避と、
7月の衆参同日選を見送ることになりそうだという「政局」の話が見え隠れしてきました。
実戦配備しているオスプレイを空輸の手段に、なし崩し的に活用しているのも気になります。
こういうことがあると、政府の「被災者に寄り添う活動」というのが、
どうにも眉唾のようにも見えてしまうのであります。

災害現場では「本震」から72時間という、救命のリミットを過ぎてもなお、
懸命の救助活動が行われています。
昨日夕方、心肺停止で見つかった女性に、救助に携わる人は、
「必ず助けますよ」という声をかけ続けていました。
色めきだつ報道陣でしたが、救助現場では要救助者に声をかけ続けるのが鉄則。
全国から派遣されてきた救助隊の「助けたい」という思いにも感じました。

避難所では、ゴミの問題も喫緊の課題のようです。
すでに数日たって、匂いが出始めているものもあると言います。
ゴミ焼却場が機能していない現状では、今後もゴミが増え続けていくでしょう。
災害支援物資を積んだトラックは、帰りにそのゴミを積んで戻ることはできないものでしょうか。

緊急災害援助隊は、基本的に自己完結できる部隊ですが、
ゴミも最低限しか出さないような工夫をしていると言います。
例えば紙皿などには、ラップを施して、食事が終わればそのラップだけを捨てれば再利用できます。
そういう工夫を避難所でも必要な時期に差し掛かったのかもしれません。
夏日になるような日があれば、衛生状態も心配されますからね。

きょうの朝日新聞に、他の地震では「仮設足湯」が有効だったとしています。
一時の緊張感を解放し、合わせて被災者が「話ができる場」だったというのです。
おそらく、被災者の精神状況は限界に近く、ちょっとしたことでささくれ合っていることでしょう。
それを癒やせる環境は、いくらでもあっていいと思うのです。

ボランティアの受援ができない被災現場では、被災者自らがボランティアとして活動しているとの報道もありました。
学生が率先して、炊き出しや支援物資の配布を行っているともあります。
学校が再開されていない中で、でも最大にして最良の「社会教育」です。
たくましくなる子どもたちの、目が変わってきていました。
頼もしいですよね。

昨晩も緊急地震速報が鳴り響き、新たな山崩れなどもありました。
天はこれほどまでに、辛苦を与え続けるのですね。
そういうものと闘うのに、人間の英知は貴重だと思います。
私たちは自然を恨まずに、でも可能な限りの「反旗」をひるがえして、
この難局に立ち向かいたいと思います。

ホンダ大津、西部ガス、トヨタ自動車九州――。
企業スポーツとして、野球や陸上などで活躍している企業名です。
そして、この地震で被災しながらも、懸命の活動をしているところです。
スポーツをしたくてもできない環境で、でもいまは与えられた使命を果たしていることでしょう。
心からの安堵は、いつになったら訪れるのでしょうか?



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私たちは、命を賭して「生きぬこうとする」皆さんに対して、傍観者になってはいけません [地震に負けるな!]

私たちは、命を賭して「生きぬこうとする」皆さんに対して、傍観者になってはいけません

【熊本・大分地震で特別運用】
この記事は4月18日午前3時執筆、
それ以降に状況が変わっている可能性があります。


余震の頻度が少しだけ落ちてきた気がします。
あくまでそれは、前日のそれに対して「比較的」少なくなったということ。
尋常ではない数の有感地震であります。
震度3・4レベルの地震がなお頻繁に発生しています。

政府は避難した人を10万人と仮定して、3食×3日分の90万食を調達するという目標を掲げました。
それが末端にまで届いていないのでしょう。
何時間も行列して、おにぎりが1個だったとか、水を手に入れただとか、
近代の生活では考えられないような、劣悪な環境の中で、皆さんはお過ごしのことと思います。

すでに自衛隊は2万人規模で、災害派遣されていて、
即応自衛官の招集も検討されています。
緊急消防援助隊、DMAT、災害ヘリコも、大規模で投入されています。
動脈を伝った援助という名の血液は、間もなく毛細血管にまで行きわたります。
もう少しの辛抱です、助け合い、励まし合って、難局を乗り切ってください。

首都圏版の読売新聞、九州地方に降雨との予報に対して、
1面コラムでこう書いていました、語気鋭い表現にハッとしました。

「忌まわしい漢字の連なりに『泥』や『雷』が加わるだろう。
天井が落ちた病院で治療を受けている人もいる。
雨よ、心して降れ。」

その鋭さに、天が委縮したのでしょうか。
甚大な被害を出さずに、雨がやみました。
人間の途方もない「生きたい」という思いが、やりたい放題だった自然のふるまいに対して、
首をすくめさせたのかもしれません。

もちろん今でも、助けを待っている人がいる限り、救急救命の最前線では活動が続いています。
同時に、せっかく助かった命を守るための、食料や住環境の支援が、
行われなければなりません。
二正面作戦の困難さは重々承知のうえで、でも万難を排して尽力してもらいたいと思います。

ストレスを感じる子どもを中心に、一時でもリラックスできる環境をということで、
避難所の中庭に遊べるスペースを開設したという報道がありました。
これからは、人間が人間らしくあるための貴重な「サイドメニュー」を満たしていくのも重要です。
支援の形式は、時間とともに変容していくのは当然です。
運動でも、遊びでも、歌でも、話し相手でも、けん玉でも、漫才でも、
とにかくできる限りの支援ができるはずです。
英知を結集して、みんなで寄ってたかって、なにができるのか考えてもらいたいと思います。

プロ野球の福岡ソフトバンクホークスの選手会が、東北楽天ゴールデンイーグルスと一緒に、
試合前に募金活動を行いました。
野球だけではありません、ありとあらゆる人たちが、支援に動いています。
売名行為と言われようとなんだろうと、すぐにやることが重要ですし、尊いです。
義捐金を募る選手たちの表情を見ましたが、だれひとり、やらされているというものではありませんでした。
いい表情だなって思いました。
心寄り添うって言うことが、こういう表情を生み出すんでしょうね。

被災した皆さんの苦悩、命からがらの環境で、
私たちに、命を賭して「生きる勇気」を教えてくれていると思っています。
子どももお年寄りも、学生もだれもかもが懸命に助け合って生き抜く姿。
私たちは、その姿に逆に励まされると同時に、
その行動に敬意を表して、渾身のサポートをしていきたいと思います。

私たちは傍観者になってはなりません。
やれることを考えて、自信をもって活動していきましょう。

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日常を過ごすことによる支援を続けます [地震に負けるな!]

日常を過ごすことによる支援を続けます

【熊本地震で特別運用】
この記事は4月17日午前1時執筆、
それ以降に状況が変わっている可能性があります。

おそらくは、熊本の人にとってのシンボルは、熊本城と阿蘇山。
難攻不落の熊本城は見るも無残な姿になってしまい、
阿蘇の山は、不気味な噴煙を上げています。
「益城町」という、その城という文字を背負った街と、
「南阿蘇村」という、阿蘇を囲む村が、昨日1日中、ニュースを席巻しました。

数分おきに続く余震、不安定な大気による降雨。
何重にもわたる苦しみを、天は与え続けるのでしょうか。
遠方から、ただ祈る我が身ですら、気の毒でしかありません。

熊本、大分という断層帯が、そのまま四国方向に延びれば、
地学で習ったあの「中央構造線」につながると言います。
複数の断層が地震を誘発し、火山活動も活発化させる。
震源域が移動しているに至っては、まさに小松左京が描いた「日本沈没」の世界です。
天災が起きるたびに、手に取る日本沈没、私も昨日、読みました。
しかしあの作品は、圧倒的な自然の驚異に対して、
人間が毅然と立ち向かう、その姿勢を描いているものでもあります。

自己完結能力に富んだ、自衛隊や警察、消防が現場に入って活動を始めています。
行政が、企業が、そして個人がただちに支援の輪を広げました。
こうしている間にも、陸路や空路を使って、現地に向けて資機材や飲食料を運んでいます。
この国の災害に対する即応性は、さまざまなことを通じて学んで行ったのです。

ただし、空港がクローズ、鉄道や高速道が不通という状況で、
末端まで、それらを運ぶのが滞っているのです。
被災地で、首を長くして待ている皆さんにおかれては、国中があなたの地域を心配し、
支援の手を差し伸べています。
今しばらく、辛抱して耐えてください。

私はいま、こういう気持ちの持ちようでいます。
私が現地で、支援活動をするのは物理的にも難しい環境です。
現地に行っても、支援部隊の足手まといにしかならないでしょう。
義捐金は、それはそれで大切ですが、長期的な支援でしかなりません。
即効性のある支援になりません。

いまは、日々の自分が行うべきことを、愚直にこなしていくことだと思います。
与えられた仕事があれば、それを精一杯やること。
そして、火災を起こさず、警察のお手間を取らせずに、日々を過ごせば、
地元から現地に応援に行っている人への、遠回りの支援になると思っています。
サッカー選手はサッカーで、野球選手は野球で、
子育てをしている人は、日々の子育てを粛々と行うことが、
実は被災地支援の基本だと思うのです。
そして、いつか自分たちが求められて直接的な支援活動を行うときのために、
力を温存しておくのが大事だと考えます。

この考えは、東日本大震災の直後に、「為末大」という陸上選手が提唱しました。
スポーツ選手である自分が、必ず活動できる支援の日のために、
いつでも動けるように身体と精神を高めておくことが重要だと唱え、
さまざまなスポーツ選手が同調しました。
仮に私たちのような能力のない人間が大挙して現地に行くよりも、
専門家であるレスキュー関係者を現地に向かわせる方がずっと効率的です。
だから、私たちは専門家が行きやすい環境を作る。
これこそ、遠回りですが唯一の支援の在り方だと思います。

当方で皆さんにお願いしている義捐金が、信じられないくらいの集まり方をしています。
熊本、大分、そして九州の皆さんに「がんばれ」って言うのではなく、
私たちは心を寄り添っています。
せっかくの命、それをつなげるために、今しばらく耐えてください。

揺れ続ける地面と格闘し、避難したり水道や電気でお困りなのに懸命に生きておられる、
被災地の皆さんに、心から敬意を表します。



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再び熊本地方で震度6強が相次ぐ [地震に負けるな!]

再び熊本地方で震度6強が相次ぐ

【熊本地震で特別運用】
この記事は4月16日午前4時執筆、
それ以降に状況が変わっている可能性があります。

熊本地方を中心に起きた地震。
さまざまな地域からの支援が集まりました。
私が安心したのは、自衛隊の野営の風呂が設営されたことです。
着の身着のまま逃げていた人が、お風呂に入ることができるだけで、
明らかに顔つきが緩んでいたことが印象的でした。

支援物資も集まってきているようでした。
十分ではないですが、飲料水や食料が配布されている光景を見ました。
行政や企業が、積極的に取り組んでいることの表れだと思いました。

少しだけ、ホッとしつつ、今度の注意点は16日午後から予想されていた、
降雨の予報が心配されました。
地震が起きた地盤はかなり緩くなっているので、
多少の雨で洪水や山崩れなどが起きる可能性がありましたので。
現地も、そのことへの対策に動いていました。

そんな気持ちでテレビをつけていた16日未明の午前1時半前後、
不協和音の緊急地震速報が
同時に津波注意報が発令され、マグニチュードは7・3とのこと。
深夜の大きな揺れは、だれしもが不安に感じます。
あげく、夜通しの緊急地震速報の連発。
東日本大震災の起きた5年前のあの日の夜を思い起こしました。

建物崩壊、火災、閉じ込めなど、もはやこれは「大震災」です。
テレビを見ながら、ただ見ている自分が悔しかった。
懸命に救急救命に立ち向かう人たちの精神は尊いです。
祈ることしかできない無力感にさいなまれながら、
それでもなにか、できることを模索していきたいと思います。

深夜に発生した地震で、避難所に逃げてくる家族連れ。
毛布などを抱えている子どもたちの、表情のない顔つきが、正視できませんでした。
なんとか命を守る行動を、と思います。

本日13時の記事は、すでに執筆済みでしたが、更新を控えたいと思います。
飲食や芸術への思いを、アップする気持ちにはなれません。
地震活動が終息するまで、当分の間は、私が感じる地震への考えを記したいと考えています。
どうかご了承ください。

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九州地方を襲った地震について [地震に負けるな!]

九州地方を襲った地震について

昨日の夜に発生した九州地方を襲った地震。
私はたいへん不謹慎ですが、飲み屋さんで一報を知りました。
ニュースアラートが鳴り、熊本で震度7との初報。
その数字を見て愕然としました。

徐々にわかってくる被害の甚大さ。
Yahooは、NHKのリアルタイム画像を流していました。

夜通し鳴り響く緊急地震速報。
おそらくは被災した皆さんは、一睡もできないまま夜が明けたと思います。
明るくなった熊本地方の、目を覆いたくなるような被害状況。
避難した人の人数が、万人単位で増加していきました。

死者もけが人も出ている地震災害に「幸いにして」という表現はどうかと思いますが、
東日本大震災の被害者に比べれば、少ないことをまずは安心します。
でも、それはあくまで初期の数字。
またこのあと、途方もない復興が待っているのは変わりません。

日本中の視線がいま、九州地方に向いています。
あまたの教訓は後回しにして、まずは救命救援です。
足りないもの、困っているものがあれば、ぜひ声をあげてください。
私たちは、東日本大震災を経験して、共助を知りました。
ぜひ、英知を集めてこの災害に立ち向かいたいと思います。

台風の通り道であり、数多くの活火山を抱えている九州地方。
災害と隣り合わせですが、それらへの対策を過去の経験で学んでいるのが、
九州という場所に住んでいる方々だと思います。
困難にも前を向ける、とても勇気のある地域性だと思っています。
だからこそ、声をあげてください。

私の仕事場では本日午前より、義捐金の募集を開始しました。
とにかく、やれることをすぐにでもやるというのが、危機管理の鉄則です。
いまはただ、せっかく助かった命を守る行動を第一義に、動いていただければと思います。

心がくしゃってなってしまいそうな、未明からの報道でした。

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2016-04-14 [地震に負けるな!]

九州で地震、震度7を観測。
余震が頻発しています。

命を守る行動を!
東日本大震災を思い出してください。

明らかに震災レベルの情報です。
九州がんばれ、全国があなたの地域を心配しています。

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きょうを大切に、セレモニーよりも大事な3・12 [地震に負けるな!]

きょうを大切に、セレモニーよりも大事な3・12

きょう19時30分から、プラネタリウムの震災特別投影を行います。
とても見るのが辛い投影になると思いますが、こういう時期に見ることに意義があると思っています。
いつもより遅めの19時30分からです、どうぞお越しください。
20160305星空とともに.jpg

そしてきょうは3月12日です。
毎年同じようなことを書いていますが、私は震災当日よりも翌日の方が大事だと思っています。
それは、セレモニーとしての3・11よりも、
その翌日から自分はどのように震災に接していくのかを自問する「3・12」だと思うからです。

報道もおそらくは、昨日をピークにまたここから、ストンと減るでしょう。
忘れないと言いながらも、節目とされる日を過ぎるとまた日常に戻される。
もちろん日常の生活も大事なことですが、
未曽有の震災を、年に一度だけ、ふと思い出す程度にしてはいけないのだと思います。

人間の権利でもあり性質でもある「忘却」という技術。
風化という言葉は、たいへん残念ではありますが現実です。
だから、忘却に抗い、風化させぬ努力をするなら、無理やりに記憶し続けるという作業が必要になります。
カラダの古傷が痛むように、皮膚に刺さったとげのように、
人間はこと痛みについては、記憶を忘れないと言います。
3・11は、その痛みを実感する日、
そしてその翌日からは、痛みを忘れない日にしなければならない。
だとするなら、きょう3・12を大事にしなければいけないと思うのであります。

途方もない復興への道筋。
なお横たわる、放射能との闘い。
山積する課題――。
でも、前を見て歩んでいかなければならない現実がそこにあります。
セレモニーも大事なら、いかに汗をかけるのかを考えるのも大切です。

ですので、きょうの日にプラネタリウムの震災特別投影ができるのは、
私個人にとっても、意義のあることだと思っています。
私がこれから、震災にどういうスタンスで臨めるのかを自問したいと思います。

あすより、ブログは通常進行に戻します。
3日間の駄文にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。



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あの日と同じ金曜日、復興は進んでいます [地震に負けるな!]

あの日と同じ金曜日、復興は進んでいます

あの日あの瞬間、私は夜までの仕事の中休みを取っていました。
ウトウトまどろんでいた時間であります。
不意に揺れ出し、棚の上に置いてあったワインなどが落ちてくだけました。
横倒しになったテレビは、緊急地震速報の画面を映し出していました。
それらをすべてそのままにし、階下の仕事場に駆けつけると、相当の被害が出ていました。
日常から乱世への一瞬での転換でした

24時過ぎまでの陣頭指揮、翌日は5時過ぎから指揮を再開。
小刻みに取る休息、刻々と変わる仕事場の状況。
そして、束の間に見るテレビでの信じられない映像。
悪夢という言葉があるのなら、まさにそういう日々でありました。

今年の3月11日は、あの日と同じ「金曜日」。
巡り合わせを感じずにはいられません。

毎年、3月11日は心静かに過ごしています。
いつもと同じように仕事をして、それが終わればテレビの特番を見る。
震災関連の書籍を読むときもありました。
この日だけは、カラダがそれを求めました。

今年もきょうは同じように過ごします。
ちょうど遅番ゆえ、26時まで仕事をする予定です。
あの日と同じように、仕事場に遅くまでいることで、あの日を感じます。
もちろん、あの日とは全く違う心持ちでしょう。
日常通り、日々の仕事をこなしていくという意味では。
日常を感謝し、こんなにも多くの人の「命日」だという祈りを込めながら。

あすのプラネタリウムの投影会に向け、仲間たちはきょう、
最終リハに臨むということです。
私は仕事もあるので、きょうのリハはお休み。
その分、メンバーはお客さまに見ていただけるような内容を目指すと思います。

こういう日に告知するのはどうかと思いますが、震災特別投影ですのでご容赦くださいますよう。
あすの19時30分から投影します。
20160305星空とともに.jpg

私はこれまで、震災復興は進んでいないという主張をしてきました。
もちろん、復興には物質的な面と精神的な側面があります。
精神的な復興は、人間の感じかたゆえ、さまざまな主張があるでしょう。
昨日も書きましたが、故郷に戻れない人に取っては「渦中の事故」ですし、
行方不明のご家族におかれては、復興どころか何も始まっていないです。

でも物質的な面に関しては、多くの人によって様々な施策が動いています。
十分ではないかもしれませんが、動きが始まっていることは確かです。
「復興は進んでいない」という主張は、それら復興支援に関わっている人への敬意が足りない気がしてきました。
カタチにはならなくとも、思いを持って動いている人々がいるのなら、歩みは遅いかもしれないけど着実に前進をしているのかなと。
とても乱暴な意見かもしれません、またその意見を他人に強要する気もありません。

天皇皇后両陛下は、被災地復興を願う言葉の時に必ず、
被災地の皆さんの心情を心配なさったあとに、
復興にあたる方々へのねぎらいをお忘れになりません。
陛下の帝王学は、万人をお気遣いになるのですね。
もし、私もその少しだけを真似させていただくのならば、
復興に携わる方の気持ちを考慮し、
震災復興は「進んでいない」という表現は気遣いが足りないかなと思いました。
あまりに遅く、あまりに少ないと言われますが、
でも「震災復興は進んでいる」という気持ちを持ちたいと思いました。

私がもし、被災地で復興支援に直接携わっていたとしたら、
「あんたがどんなにやっても、ちっとも復興しない」と言われたらすごく残念だと思います。
少なくとも、さまざまな現場で汗を流している人たちにとっては、
一刻も早い復興を目指しているはず。
もちろん第一義には被災者の心情を考えるのは当然ですが、
復興従事者もまた「同じ仲間たち」だと思うのです。
そこに、人間の価値の貴賤はありません。

昨日記したの読売のコラムではありませんが、
「人は賢くなったか、優しくなったか」という言葉を考えると、
私も少しだけ、優しくなれたらと思います。
被災者の辛苦同様、復興従事者の辛苦も感じられるだけの人間になれたらと思いました。

震災5年、いろいろ考えることの多い日にしたいと思います。
でも、これも毎年書いていることですが、一番大事なのはあす「3月12日」です。
そのことも含めて、もう1日、震災への思いにお付き合いください。



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