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あしたは新学期、子どもが安心できる街に [考える]

あしたは新学期、子どもが安心できる街に


入学式の話題が世間で出始めた先週末ですね。
私の好きな時期であります、式守錦太夫です。
私の家の近所の学校では、あす9日が入学式とのこと。
今年はギリギリ、桜が間に合いそうです。

子ども心によそ行きの表情で、少しだけおめかしして、ちょこっと凛々しい新入生と、
やはり晴れやかで、結婚式にお呼ばれした時とはちょこっと違うご家族。
手をつないで、ちょこっとせわしなく歩く姿は、何物にも代えがたい光景だと思います。
この子のことなら、自分の命と引き換えたとしても、守ってあげたい。
おそらくはそう思いながら、新しく通う学校に歩むうしろ姿を、
私は目を細めて見ています。

入学式の次の日からは、真新しいランドセルがやけに大きく見える新一年生を、
通学班のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちが、囲むようにして登校する光景。
20170408登校写真.jpg
不安な表情を押し殺して、通学帽を目深にかぶり、
遅れまいと小走りに歩く姿を、周囲の大人たちが見守る。
この日だけは、道路を走る車もいつもよりも徐行して、
登校の列を少し回避するように、控えめに走っています。
ウォーキングのシニアの人々も歩を止めて、
普段はうつむいてスマホをいじる高校生も目で追う。
街に新一年生のランドセルが躍るただそれだけで、これほどまでに日々の日常が変わるのは、
やっぱり彼ら彼女らを街が歓迎しているのでしょう。

本当にくだらない、ごく一部の犯罪者が、そういう街をあげて見守る子どもに手をかけて、
無残な姿にした地域もあることから、
子どもの安全のために、地域社会と行政、警察が一体となっています。
絶対に街の宝でもある、子どもたちの安全が脅かされることがあってはなりません。

いまだに逃げ続けている、子どもに手をかけた犯人は、
不幸のどん底に陥れたご家族の無念さをどう考えているのでしょうか。
逃げ通せるはずもなく、必ずやその償いのために、一生を犠牲にするはずです。
地域社会への重大な挑戦に対しても、私たちはひるむことなく対峙して行きたいと思います。

そして、それ以外の学生・生徒にとっても、新学期の始まりです。
ワクワクする気持ちと、ちょこっと抱える不安が交差していることでしょう。
毎年、新学期の前と9月1日の前には、学校に行くことを拒むどころか、
生きていくこと自体を放棄してしまう子どもたちが多いと聞きます。
私も微力ながら、そういう拙速な結論を出してしまうようなら、
学校から逃げちゃうことを、これまで提唱しています。
今年もそういう時期ですね。

学生時代、学校という枠がきゅうくつだった私にとって、
学校以外に楽しい場がいっぱいあって、そこに活路を見いだしていました。
それは今も同じ、決められた枠で没個性で生きていくよりも、
めいいっぱい遠回りして、余計なことばかりやっていくことの方を選んでいます。
じゃあ、そういう生き方をして、世間では異端扱いかと思えば、あながちそうでもないみたい。
だから、世間が決めた道になんか、歩くことを強制されないんだよね。

まして、そういう枠に押し込められるのが辛くて、生き急ごうとするのなら、
お尻をまくって逃げちゃってもいいんだよ――と、世間のオトナがやっと言い出しています。
まずは何日か、生きるための自主的な「逃避行」をして、その間にいろいろ考えてみましょう。
家で考えるより、図書館でも美術館でもいいから、なにか知的なものに触れに行くといいですね。
野球を見に行ったって、名残りの桜を見に行ってもいいと思う。
川面に桜の花がいっぱいになる「花筏」だけを見たって、
なにかいつもとは違うものを得られます。
要は、非日常を求めに、街に出てみましょう。

もし、本当に行くところがない!と思うなら、
新しい小学生の通学路で、登下校のサポートをしてあげたらいいと思います。
子どもたちや周囲を不安にさせないために、できたらサポートしている大人に、
「今日だけ自分も一緒にいさせてください」と頼むといいですね。
学校は?って聞かれたら、今日は行きたくないからと素直に言えば、
理解ある大人はきっと、それ以上を問いただしません。

そのかわり、あなたの課せられることは重大ですよ。
新小学生の命を守るために、もしかしたら命を賭す覚悟が必要ですからね。
その覚悟があれば、文字通り一生懸命に、サポートをしてあげてください。
年下の、自分とは何の関係もない子どもたちを、守ることができた時、
おそらくは爽快な気持ちになるでしょう。
周囲の大人から、感謝されるかもしれません。

生きられる命を生きるということに、なにかの感慨を持つことができたら、
ものすごく素敵な「学習」ができたのだと思います。
学校なんかでは教えてくれない、自分がつかんだ成果を噛みしめてもいいでしょうね。

子どもが安心して生活できない社会というのは、子ども以外の、すべての大人の怠慢です。
私たち大人が、汗をかいて声をあげ続けないと、とんでもない世の中になってしまいます。
あすの新学期は、それを試されていると思うのです。
こういう文章を書きながら、では自分はなにをできるのか、
なにをしなければならないのか、模索して行きたいと思います。


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