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大晦日(おおつごもり)に寄せて [考える]

大晦日(おおつごもり)に寄せて

2011年がもうすぐ終ろうとしています。
落語の「芝浜」では、この日の夜に、女房が旦那に、芝の浜で拾った財布を見せて、
夢だと言い含めたウソを詫びるシーンがありますね。
禁酒していた旦那が、酒を勧められ、飲むその瞬間に
「よそう、また夢になるといけねえ」と言ってサゲる。

本当に今年という年が、酒を飲んで夢になるのであれば、いくらでも飲みたい。
そう思う人が多いと思います。
未曾有の年は、しかしまぎれもない「リアル」な出来事でありました。

振り返れば、やはり今年は辛い一年でした。
今年を表す漢字が「絆」とのことですが、私にとっては喪失の「失」だったと思います。
震災によってココロが折れそうになったことも多く、私の自信も失いました。
PHSを紛失したのは、全然小さいことですが、
私が十数年通い、お酒を教えてくれた、私のフランチャイズであったバーが8月に閉店。
現在、次のステップに向け力を蓄えています。

そして、近しい方のお身内が、2人亡くなりました
お1人は、このブログでも震災直後に書きましたが、
ご母堂さまが宮城・気仙沼で津波の被害にあい、数か月後に遺体が確認されました。
憔悴した彼女に、なんと声をかけていいのか、その言葉が見当たらないという経験は、
私の人生でも、初めての辛い経験でした。

この秋に、ご尊父さまを亡くされた、十数年来の友人がおりました。
最愛にして、あっという間に、清々しくその方は逝きました。
16年前の阪神大震災の年に、地震から半年後に亡くなった私の父。
そして今年の震災のから半年後に、亡くなった彼女のご尊父さま。
この境遇の偶然の一致により、私の中ではその一片の痛みを感じられると思い、
できるだけ話をお聞きし、支えられることがあるのかを模索しながら、今に続いています。

そして数奇な運命というか、この年の瀬になった数日前、
私の20年来の友人が、突然音信不通になってしまいました。
現在もなお行方不明になっています。
年明けには、別の方面から消息を探したいと思います。
失ったものの大きさに、今あらためて愕然とします。

でも、こんなに「生と死」を考えた一年もなかった
そして、こみあげるように「生きたい」と思ったこともありませんでした。
貪欲に生きるすべを模索し、時流に抗ってまで生きなければ、
志半ばに命を落とした、あまたの御霊に向ける顔がないと思ったから。
自分が生きているのが罪悪だ、と思った人がいたとしたら、
私はおそらく声を荒げてまで、そんなことはないと言える自信があります。
命にプライオリティなんてないし、それを選ぶのは神でしかない。
神の領域を人間が侵してはならないし、そんなおこがましいことはできません。

私たちの命は、一つに親や先祖や先達によって与えられ
二つ目に、次の世代がより良い生き方ができるように導き
そしてあと一つ、思い半ばに消えた命の遺志を継ぐために――存在しているのであります。
亡くした命を悲しむのも大事だけど、そこから歩を進めることができるのが人間であります。
でもその悲しみ、慈しみを忘れちゃいけないんだけどね。

今年は失うことばかりと思う反面、実は新たに手に入れたチカラもありました。
例えばこのブログというツールによって、日々コトバを発信するのは大いなるパワー。
これがなければ、乗り切れなかったのではないかしらと、いまだに思います。
そして、このブログの読者さまとの繋がりも、今年新たなもの。
コメントを寄せてくださる方、定期的に読んでくださる方の励ましは、
私の今年最高の収穫でありました
本当にありがとうございました。

辛さ・苦しさをみんなで分かち合う精神
例えば輪番停電とか、物不足にガマンするというのも、
今年新たなる収穫でした。
紆余曲折あれど、この国の住民はまだまだ捨てたもんじゃないって思いました。
失うものあれば、新たに見いだせるものもある。
そんな潮の満ち引きというか輪廻というかがあるから、
来年もまた頑張ってみようという気になります。

年の暮れ近くになり、身内に新たな命が宿り、赤ちゃんとしてこの世に生を授かりました
こんな未曾有の年でも、赤ちゃんは必死に泣き、必死に乳を吸っています。

もうすぐ、仏閣では除夜の鐘が打ち鳴らされるのでしょう。
人間の煩悩の数=108回突かれるとのこと。
私は煩悩を108個もいらない、せめて1個でも2個でも、
今辛いと思っている人に分けてあげたい。
今年の5月、40歳になったときに宣言した、
「40代は愚直に不便を楽しむ」精神に従って、
煩悩も割引したいと思います。
っていうか、108つもいらねえぜ! って「武士は食わねど高楊枝」・・。

――ということで、除夜の鐘を聞くときに、最後の何回かは耳をふさいでしまい、
その分を何らかの形で、おすそ分けしたいと思います。
寒い被災地に、なにかを届けるためでもいいし、
行方不明になっちゃった友人のために使ってもいい。
最愛の肉親を亡くした彼女への鎮魂の思いにしてもいい。
今年最後にして、来年最初の互助の精神にしたいなあと思います。

この写真は、3月13日の読売新聞特別夕刊に掲載されたものです。
20111231読売.JPG
私はこの写真を見ると、いつも心に潤いを感じます。
どんなに辛い境遇でも、屈託のない子どもの笑顔は、何よりのカンフル剤です。
こんな表情が見たいから、私は来年も生き続けます。

来年は一年、平穏な年になりますよう、心からお祈り申し上げます。
この一年ご愛読くださり、ありがとうございました。
大晦日(おおつごもり)に重たい内容になってしまいましたが、
良い年の瀬をお送りくださいませ。


                        式守錦太夫 拝

2011年、式守錦太夫アウォード その2 [番外]

2011年、式守錦太夫アウォード その2

昨日から続いてお伝えしております、
バカバカしくも、誰にも望まれない「アウォード」の後編であります。

今年1年嗜んだ、お酒の量であります。
これが相場として、多いのか、少ないのかと言われると大いに困る。
なぜかというと、他の皆さんがどのくらいなのかがまったくわからないから。
ですから、「たたき台」ということで、ご理解くださいな。

少ないものから列挙します。

焼酎:28杯
 =おもに家飲みばかり、外ではまず飲みません
ブランデー:69杯
 =おもにバーなどでの最後の一杯
ワイン・シャンパン:84杯
 =すべて外飲み、家じゃ飲みません、意外と少なかったですよね
ウィスキー全般:144杯
 =モルトもブレンデッドも、バーボンも含みます
カクテル・リキュールなど:235杯
 =ほぼ外飲み、そしてバーなどが圧倒的であります

そして上位2分類になりましたが、杯数表示ではなく総容量で発表!

2位:日本酒、67,680ミリリットル≒37・6升
――多いんだか少ないんだかわかりませんけど、
通い箱(業界ではP箱といいます)で7ケースくらいなら、かわいいものでしょ?

そして1位はやっぱりビール、152,437ミリリットル。
中瓶換算で304・87本、P箱換算で15ケースちょっとであります。
――これまた微妙ですよね。
でもですね、この1年で大瓶(633ミリ)は3本しか飲んでいない。
ちなみに小瓶は57本、家飲みの350缶か、大はしさんでの一杯目(笑い)
わかりやすい統計でありました。

さあ、最後にお待たせいたしました。
うかがったお店の回数発表であります。
総数65軒に行きまして、その中から、多く行ったお店であります。

11位T、4 回:ペンデュラムさん(蓮田・バー)
11位T、4 回:ル・コンセールさん(大宮・バー)
11位T、4 回:三四郎さん(錦糸町・一杯飲み屋)
9 位T、6 回:きわさん(北千住・居酒屋)
9 位T、6 回:Brassさん(北千住・バー)
7 位T、7 回:むら田さん(春日部・お好み焼き屋=ただしお好み焼きは食べない)
7 位T、7 回:彩鳥さん(春日部・串焼き屋)
5 位T、10回:さくまさん(大宮・居酒屋)
5 位T、10回:クーパーズさん(春日部・ダイニングバー)
4 位 、13回:大はしさん(北千住・居酒屋)
20111121大はし1.JPG

――この10軒は、都内4軒、大宮周辺3軒、春日部3軒とバランスが良い。
また、洋が4軒、和が6軒と、これまた均等に近いのであります。

ちなみにもうすぐ入賞というお店は、
しぶやさん(浅草・居酒屋)、プロヴァンスヴェールさん(大宮・フレンチ)、
ノーティーズバーさん(東武動物公園・バー)と、
最後にまくってきた肉の大山さん(上野・立ち飲み)=いずれも3回――であります。

さあ、それでは最後になりました、2011年に式守錦太夫が伺ったお店ベスト3であります。

3位、15回:ブラッディマリーさん(武里・バー)
20110216ブラッディマリーさんの看板.jpeg
2位、32回:三銃士さん(大宮・バー)
20110802三銃士1.jpg
1位、63回:イエローノートさん(春日部・バー)
――ということで、予想通りというか、このブログの読者さまにはお馴染みの、
イエローノートさんが1位となりました!
201101イエロー近影.jpeg

ちなみに、3位のブラッディマリーさんには、15回伺ったうち、
フードを食せたのが3回・・来季こそはもっとフードを頂きましょう。
2位の三銃士さんは、ご承知の通り、8月末で休業されていますので、
実質8か月間での回数であります。
最後はほぼ連日でしたから・・

1位のイエローノートさんは、なにせ地元であることと、26時まで営業していることから、
どこかへ行くと、必ず最後によるお店ですから、回数も飛躍的に伸びている。
でも63回って、週イチ以上というのも、やりすぎですね。

栄えある一位に輝いたイエローノートさんの関係者さま、
受賞記念に、ぜひ式守錦太夫にタダ酒を飲ましてやってくださいな

ということで、2011年のアウォードはこれにて終わり。
バカバカしい内容にお付き合いくださり、ありがとうございました。

ちなみに最後にプチアウォード
今年体重を15キロ減に成功した自分も誉めてあげたい!
やればできる子だったんじゃない。

2011年、式守錦太夫アウォード その1 [番外]

2011年、式守錦太夫アウォード その1

このブログは今年1月中旬からスタートしましたが、
最初はネタ不足になるのを恐れ、昨年12月分の出来事を、ずっと記しておりました。
ですから、最初はタイムラグがあったのですが、
なぜそこまで克明に、1か月前の出来事を克明に覚えていたのか。
それには実は隠しアイテムがあるんですね。

「一日4行日記」をつけているのです!
思い起こせば第1期は学生時代、高校大学の合計7年間、
この4行日記をつけていましたが、当時は本当にその日の出来事だけを記すのみ。
深い心情を吐露したり、思い悩んだことを書くということもありませんので、
将来私が高名な文化人になったとしても、絶対に著物として刊行されるはずはない。
だって読み返したって、本当につまらないものなんだから。

その後、社会人になってからは、忙しさにかまけ、まったく記しませんでしたが、
2007年に一念発起し、第2期として復活なさいました。
そのときに思ったのは、学生時代と同じじゃまったく進歩がないので、
4行日記と同時に、出撃した場合はそのお店の名前。
芸術や芸能に触れた時も、その演物を記す。
そして、飲んだお酒の量を克明に記録することにしました。
だいたい何をどのくらい飲んだのか、翌日くらいなら覚えているもんです!

ということで、今年2011年はどういう飲み方をしたのか、
自動的に統計が出てしまいまして、誰にも喜ばれない、
「式守錦太夫アウォード・2011」が、かくもめでたく発表となります。
ちなみに統計期間は本年1月1日から12月25日まで359日間であります。

まずは芸術・芸能に触れた回数の記録から。

震災があったこともありまして、3月11日から約2か月は、ほぼ触れられなかったというか、
そういう気持ちにならなかったということもありますが、
今年はあまり芸術鑑賞の回数は少なかったですね。

まずコンサートに8回
20111212上野2.JPG
内訳はクラシックが5回、ジャズライブが3回。
できれば月イチくらいは行きたかったですね。
それから落語鑑賞が4回、演劇には1回、これももっと行きたかった。

それからビールやお酒のイベントには7回。
20111009オクトーバーフェスト4.JPG
これは、私の同級生の影響というか、この分野での伸長に寄与してくれました、感謝

スポーツ観戦はこまごまとありまして、
アメフットが5回
20111219ジャパンX2.JPG
大相撲にも5回(東京場所は2回づつだが、5月の技量審査場所だけ1回)。
20110922両国3.JPG
アイスホッケーが3回、プロ野球が1回でありました。
20111218東伏見4.JPG
野球は例年、もっと見に行けるのですが、
神宮に行かなかったことと、都市対抗野球が関西開催だった影響と思われます。

見本市には2回、FOODEXと危機管理産業展という異色の組み合わせ(笑い)

そして、私が副会長として所属する
「日本酒造り愛好会」のメンバーとのイベントなどが13回
20111205日本酒造り1.jpg
月イチ以上のペースですが、冬から春に集中していますので、
その時期はほぼ毎週顔を合わせていました。

――総じて、もっと芸術に触れたかったというのが感想。
おそらく同世代の中では多い方だとは思いますが、
少なくともコンサートにしてもスポーツにしても、来期はもっと貪欲に行くことにしましょう。
あとは新規開拓もしたい、例えば歌舞伎とか文楽
あるいはバレーボールやスキージャンプなど、見たいなあと思います。

次に、あらためてバカバカしい統計ですが、飲酒の記録から。
驚愕の結果でありました。

家飲み:94日
1人外飲み:93日
2人外飲み:18日
複数外飲み:26日
――そしてなんと禁酒日:119日!

えーーーっこんなに飲んでいない日があったんだ!
1人飲みの回数も驚きですが、禁酒日が3日に1回はあるってすごくないですか?
ほぼ連日飲んでいるイメージだと思われますが、実はそんなことないんですよ。
アルコール依存症じゃなかったんだって、改めて再認識しちゃいました。

もっともこんなに禁酒日って、世間の皆様から甘ちゃんと思われるでしょうが、
おかげで今年やった健康診断で、極めて優良との評価を頂いちゃったんですよね。
健康に勝るものなし!
ちなみに献血は今年3回、いずれも成分献血で、累計28回となりました。
これも来年は増やしたいものです、プチボランティアですから。

さあ、明日はアウォード後半、飲んだ酒量と行ったお店の回数であります。
本当にどうでもいいランキングなので、乗りかかった船だと思われる方だけお楽しみに。


12月25日、自分へのご褒美、そしてWケーキ 春日部 [飲む]

12月25日(日)、自分へのご褒美、そしてWケーキ 春日部

世間はこの日までクリスマスの3連休でありますが、
私はまったくお構いなしの日でして、仕事でバタバタしております。
このブログでは仕事の詳細は書かないことにしていますので、モザイク的ですみませんが、
この日の夜に、少し落ち着いた状況となる。
箱根駅伝の山登り5区だとすると、ちょうど小涌園前を通過したようなもの
(わかりづらくてすみません・・)
やっと夜に出撃であります!

とはいえ、世間はめでたく浮かれている日ですから、
そんな日にこんなくたびれた人間が行くようなお店は、近しいところのみであります。
勝手知ったる、地元春日部のお店へ。

久々になってしまった、ダイニングバーの「クーパーズ」さん
ここ数日、本当にロクなものを食べていなかったので、
せめて世間並みに、チキンを食して、クリスマスを味わうかなあ。
ちなみにイブの日は、肉まん二つという気の毒さ・・。

店内はほぼ満卓、そしてフードのオーダーが立て込んじゃっていて、シェフはてんてこ舞い。
「ごめんなさいね、お出しできるのが遅くなっちゃいます」とシェフ。
全然構いません!むしろオープンキッチンで、お料理を作っている姿を見ながら、
お酒を頂ければ、それはそれは素敵なアテですから
お通しは洋風のさつま揚げのようなもの、玉ねぎのアクセントが楽しい。
こちらの生ビールはプレモル、頂きましょう。
20111225クーパーズさん1.JPG

カップルさんもいれば、女子会の人や、子どもさん連れの家族もいらっしゃる。
皆さん思い思いのクリスマスを楽しんでいるよう。
ややゆっくり気味に飲んだビールの後は、ビターを垂らしてもらったジンリッキーを。
これもゆったり飲みながら、フードができていく過程を楽しみます。
こちらはお料理を作るシェフが一人だけなので、本当に忙しく動いていらっしゃる。
4つのガス台がフルに稼働していて、オーブンも活躍、千手観音みたい
グラタンや牛の赤ワイン煮込みなど、そそられる素敵なフードができていく。
カルヴォナーラの濃厚チーズの香りは、チーズ不得手の私としては、
あんまり食したいなあとは思いませんけどね・・。

シェフがもうすぐ作り始めるからね――と宣言してくださって、私のフードを作り始めました。
私のオーダーは「トリもも肉のコンフィ」
低温の油でじっくりと煮るように作られる一品、こちらのお店の隠れた有名フードであります。
この日の朝、目覚めた時にコンフィが頭に思い浮かんだから、
今日はこれを食さないと、悶々としちゃうところでありました。
しばしのちに登場、どうですこのド迫力!
20111225クーパーズさん2.JPG
奥にはつけあわせのサラダがたっぷり。
お肉の下には、一緒に煮るように揚がったジャガイモさんが縁の下の力持ちであります。
これなら間違いなく「ヴァン」を、ワインの赤をください。
少し冷えすぎた感のある赤ワインも、常温に近づくに従い、香りが立ってくる。
そして、このお肉にスーッとナイフを入れると、
パリッとした皮の下からあふれ出る肉汁をまとった身が、妖艶な姿を晒してこられ、
一発でKOであります、美味しい~。
二口、三口と口に頬張ると、なんたる自分へのご褒美にと、自然と笑みがこぼれてしまいます。
はた目には、絶対にイッチャッている人ですよね(苦笑)
ワインをおかわりして、美味しくいただきました。

食後はしっとりとブランデーなどを嗜む。
堪能しちゃったなあと思ったら、シェフからのスペシャリテ、ケーキのサービス。
20111225クーパーズさん3.JPG
作ったのではなく、買ってきたもの(爆)とのことですが、
人のぬくもりというか、スウィーティなものに飢えている私には、かなり嬉しい!
じゃあこのケーキに合わせるべく、甘ーいリキュールを頂く。
疲れた体に、まさに五臓六腑に染み渡るのであります。
ごちそうさまでした、そしてよい年の瀬をお送りくださいな。

そのまま歩いて数分のバー「イエローノート」さんへ。
あっ、ブラッディマリーさんのバーテンダーさんがお客さんだー。
と、こんなノリでスプモーニからリスタート。
別のお客さまからのおすそ分けで、再びケーキ(笑い)
20111225ケーキ2個目.JPG
こちらは星がついている。
今宵は新月なので、星がとってもきれいだったけど、
まさかバーのカウンターでも星が見られるとは・・。

このあと、時間が深くなるごとに、先ほどのクーパーズさんも見え、
あげくブラッディマリーさんのオーナーバーテンダーさんも来ちゃった。
春日部の老舗料飲店3軒のオールスタッフが集結するという、
類いまれなる空間に、ひょこっと私も混じり、非建設的な話が続き、私もゆったり4杯ほど。

26時30分に皆さん帰路へ。
久々リラックスした時間を送り、これがあと数日の神経戦への、
大いなる活力になったのでありました。

空にはオリオン座が光っている、キレイだな。

もうすぐ紅白歌合戦(後編) [間接的に考える]

もうすぐ紅白歌合戦(後編)

昨日に続いて紅白のお話。
20111226NHK紅白.jpg

紅白の歴史を紐解くと、以前は間借りの肩身の狭い思いをしながらの放送でした。
というのも、以前は東京宝塚劇場でやっていたから。
なにが肩身が狭いって、舞台のそでには、新春公演のセットが所狭しと置かれ、
セットの置く場所すらない始末。
そして、放送終了後、その持ってきたセットを撤収しなければならなかった。
だから、現在のNHKホールは、まさに紅白をやるために作られたと言っても過言ではない。
見たことがあれば一目瞭然ですが、NHKホールのバックステージは、
舞台の数倍の広さがあり、おそらく都内のホールでは最大級。
そして、12月29日から1月3日まで、このホールは紅白のために一般公演がありません
また局舎と隣接しているから、放送用のケーブルによって局舎とホールが結ばれているから、
中継車などを用意しなくてもよい。
まさに至れり尽くせりなんです。

19時代からの放送が定着しましたが、昔は21時からの放送でした。
TBSのレコード大賞が20時51分に終わり、その出演者が
腕利きのハイヤードライバーによって、渋谷まで大移動してくるのが大晦日の恒例でした。
でもNHKがケンカを吹っ掛け、19時台にスタートし、
TBSは放送日を前倒しする羽目になりました。
今は大移動するのは主に演歌歌手たち、テレ東の「年忘れにっぽんの歌」からの移動です。

その19時台スタート、二部制にした初年度、問題が起きました。
美術スタッフから、せっかく二部制にするのなら、
ステージのセットを一部と二部で完全に変えたいと提案があったのです。
それ自体は問題ではなかったのですが、物理的に短時間でセット転換ができるのか。

実は、一部と二部の間に、5分間の全国ニュースを挟みます。
ところがこの年に狙った転換は、どう見積もっても7分30秒かかるとのこと。
それも、美術スタッフだけじゃなく、
手を借りられる全スタッフを投入してもこの時間だというのです。
さあ、みんなが考えちゃいまして、意見が噴出します。

「ニュースを10分にしてもらったら?」
――年末はニュース自体が少ない、質の薄いニュースを視聴者に見せるのは忍びない
「二部の最初を、ホール外から中継にしたら」
――技術的には可能だけど「逃げ」でしかない
「ならば、審査員との掛け合いを最初に持ってきて、舞台を映さなければ」
――審査員もお客さんも、気がそぞろになっちゃうから・・

そして結論は、なんと裏舞台を見せようとの意見が採用されたそう。
つまり「舞台転換が終わりませんでしたので、皆さんで転換を見ましょう」と言って、
舞台の転換シーンをそのまま放送しちゃうことにしたそうです。

ところが大いにプライドを傷つけられたのが、美術スタッフたち。
そりゃそうですよね、裏舞台を放送されるのは、テレビ屋の恥という風潮の時代ですから。
ここからが組織力の賜物だなあと思ったのですが、彼ら彼女らは全力を尽くしました。
12月30日のリハの時、スタッフの目の色が違うそうです。
なんと転換に6分台を記録、これなら、
21時からの二部に最初の1分ちょっとしかかぶりません。

そして本番、ほぼ不眠不休で動いてきたオールスタッフが、最後の大仕事。
20時55分、一斉に転換に取りかかると、明らかにリハよりも早い!
ステージ下で、転換を見上げるように陣取っていた放送作家とアナウンサーが
「こりゃ間に合うかもしれないぞ」とささやき、ステージそでに移動。
なんと転換に要した時間は「5分2秒!」つまり21時00分02秒に転換が終わったのです。
ニューススタジオの映像が、NHKホールに切り替わった時に、
先ほどとは全く違うセットが登場したとき、
実は舞台裏ではこのミッションを成功させた面々が労をねぎらっていたのでした。
7分30秒を5分2秒に短縮できる組織力が、この当時のNHKにはありました。

でも組織にとって大事なことは、決定前ならさまざまな意見を具申してよいということ。
でもいったん決まった以上、最大のパフォーマンスを見せること。
そしてそのミッションを完遂すること
まざまざと見せたシーンでありました。

あとね、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
外からの中継を「逃げ」と評した潔さは、さすが「経営命題」と位置付ける所以でもあり、
昨今のいとも簡単に中継に逃げる風潮は、どうしたもんかなあと思いませんか?

ここからは私見ですが、今後紅白に対する考え方が大きく動く可能性があるのは、
会場であるNHKホールを建て替える時。
行かれたことのある方ならお分かりでしょうが、
さすがにロビーの雰囲気はちょっと古さを感じます。
客席も狭く、通路の天井も低い、施設として老朽化が否めないところ
おそらく近い将来、改修ということになるでしょう。
渋谷の敷地内に建て替えるのは、おそらく物理的に無理。
場合によっては局舎と離れた場所になるかもしれません。
このときに、おそらくNHKは、紅白の存在を根本的に再検討するでしょう。
なぜなら、公開型の歌番組のスタイルが、紅白には定着しているから。
そのときにどういう結論が出るのか。
もしかしたらもう役割は終わったと、紅白を終わらせてしまうかもしれません。
その時までは、しっかりと愛していきたいなあと思います。

さあ、今年の紅白はどういう展開になるのでしょうか。
楽しみであります。


もうすぐ紅白歌合戦(前篇) [間接的に考える]

もうすぐ紅白歌合戦(前篇)

12月31日の夜は、NHK紅白歌合戦ですね。
20111226NHK紅白.jpg
もう役割は終わったという意見が席巻する中、
なんだかんだ言っても歳末はこの話題が芸能の中心になってきます。

私は自他ともに認める「紅白好き」でありまして、
おそらくこの30年くらいの紅白歌合戦は録画して保存していますし、
多くの文献も所持しています。
でも私の中では、紅白歌合戦は、ただの歌番組だと思っていません。

紅白歌合戦は「NHKの全組織力を、視聴者に発表する場」――

だと考えます。

NHKによると、NHKが公共放送として、
セクションの垣根を取り払って、総動員体制で臨む事象は2つ。
一つは「災害報道」であり、もう一つは「選挙報道」といいます。
そして、その2つに準じた扱いとして「紅白」が存在しているとのこと。

顕著な例は、あるNHKアナウンサーが、その年の総合司会に抜擢された時のこと。
11月初旬、直属の上司に呼び出され、紅白の総合司会を言い渡されました。
本人まったく想像もしていなかったことゆえ、当然固辞
「できるわけないですよ、ほかにあたってください」と答えると、
その上司が言い含めるようにこう言ったそうです。

「あのなあ、この命令は、俺の命令じゃないんだ、考えられる最も上からなんだ、
NHKにとって紅白は『経営命題』だから、お前がこれを拒否するんだったら、
もう局にいられなくなると思え――

あとで知ったことですが、この時すでに局の最高幹部会議が開かれ、
このアナウンサーを総合司会にすることを了と決していて、知らぬは本人ばかりだったそうです。

ちなみにこのアナウンサー、松平定知さんでありました。

ちなみに紅白の出演者は、何人くらいいると思います?
以前発表された出演者は、総勢1500人
もちろんバックダンサーやコーラスなど、そういう人もカウントしてということになります。
1500人を受け入れる楽屋なんて、あるはずがありません。
しかしそれは地の利、隣接する本局のありとあらゆる部屋を押さえてあります。
例えばコーラス隊は食堂、ダンサーのチアリーダーはラジオスタジオなど――。
だからその人たちは、局舎とホールの間を、ステージ衣装で移動する羽目になります。

そして関わるスタッフが3000人!これも前代未聞の数字。
気がついた方もいるかもしれませんが、NHKホールはMAX3600人近く入るはず。
でも最後の投票の時の数字をカウントすると、客席の数字は2500人くらい。
その差がすべてスタッフというわけではありませんけどね。
ちなみに2階上手側には例年「ラジオ実況席」が用意される。
ご存じかどうか、紅白はテレビだけではなくてラジオでも放送され、
ラジオでは別のアナウンサーが舞台上を実況している。
毎年ちらっと紹介されます。
でもよーく見てください、ラジオ実況席の後方の席、みんなヘッドフォンをつけている。
で、よく見てみると、芸能番組によく出るアナウンサーたち
このようにして、客席にはスタッフが陣取っているのです。

スタッフはNHKらしく層の厚さを感じます。

ちなみに紅白出演歌手には、一組にひとり、ディレクターが付きます。
このディレクターは、普通の番組ではチーフができるレベルの人らしい。
その演者の責任担当制を採用しています。

あと、放送画面に歌詞のテロップを出す担当のディレクター。
うたわれるほぼすべての歌詞をそらんじているよう。
だから以前、中島みゆきが歌詞を間違えた時に、
とっさにテロップを外す芸当ができたのです。

以前放送された、紅白の舞台裏という番組では、
不眠不休で動くスタッフの顔色がどんどん黒ずんでいくのが見られた。
放送に耐えられないほどの怒号が飛び交う、壮絶な現場でありました。
本番前日に行われたオール技術スタッフの会議。
机の上にはおにぎりが盛られ、脇には円筒形の鍋に味噌汁が。
それをほおばりながらの打ち合わせでありました。
壮絶ですな。

放送台本は電話帳みたいなもの。
これがどんどん改訂されていき、最新版は当日朝に配布されるそう。
ちなみに司会者用の台本は、この時点でも決定していない。
というより、最終的に未完成のままらしい。
放送作家と時間調整のディレクターが、本放送中に時間の進行を見ながら、
最後に原稿を書き加えるから。

なにせ、放送時間が決まっていて、枠の中に納まらなくても、
問答無用で「ゆく年くる年」になっちゃいますからね。

あと、放送では絶対に登場しない、特命スタッフがいるのをご存じですか。
それは「記録」というゼッケンをつけたカメラクルー。
ディレクター・カメラマン・音声・ADの通常ユニットが数チーム。
バックステージや楽屋、スタッフルームにも入り、撮影を続ける。
これは放送では流れないけど、翌年のための記録用だとのこと。
こういうところに人員を配せる余裕も大事なことです。



すいません、書いていたら盛り上がっちゃって異常に長くなっちゃったから、
今日は前編!
明日にも同じネタをお楽しみくださいな。



12月22日、冬至と柚子湯と天声人語 [考える]

12月22日(木)、冬至と柚子湯と天声人語

昨日、クリスマスイブの話を書いたのに、今日は冬至の話。
日にちが行ったり来たりしちゃうのは、リアルな日と後日談が組み合わさっちゃっているから。
わかりづらくてすいませんね。

まあ、冬至でありまして、最も陽が出ているのが短い日。
年末の作業にずっと取り掛かっていたので、日の出ている時間にほとんど外に出なかった。
だから冬至のありがたみがわかりませぬ。
作業に忙殺されていると、朝日新聞の朝刊がふと目に留まる。
なにげなく読んでいると、一面コラムの天声人語が、なかなか趣のある文章でありました。
私にとっての冬至を感じられたのはこの文章だけになってしまいました。
世間も空気も乾燥する日々、ぽっと潤いを感じた瞬間。
名文につき全文を掲載。

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災いを恨んだ年の暮れ、来年の賀状のあいさつ言葉に迷う人が多い。
「一陽来復」の四文字を選んだ方もおられよう。
衰えの極まった太陽が復活に転じる意味で、凶から吉に向かう例えでもある。
暦の上では、きょうが変わり目の冬至になる。

昔から、この日は柚子湯につかり、南瓜や小豆粥を食べて息災を願った。
夏の太陽は冬には植物の実に仕舞われていて、
それに浴し、食することで命を養う意味があるそうだ。
すたれがちな習わしだが、これに限らず、
厳しかった今年は「古き良き日本」に癒される人が多かろう。

そして、冬至を過ぎると師走も「数え日」となる。
年内も指折り数えるほどになった日々を言い、せわしさは募る。
先急ぎするような気持ちと、見送ってたたずむような思いが入りまじるときだ。

「時計でも 十二時を打つとき おしまひの鐘をよくきくと とても 大きく打つ」。
それは今日という日が別れていくため、とうたう室生犀星の詩にも似て、
歳と別れる12月の打つ鐘が、今年はひときわ大きい。

今日という日が
「地球の上にもうなくなり……茫々何千年の歳月に連れ込まれる」と犀星の詩は続く。
2011年も間もなく過去の歳月にまじる。
忘れたいこと。
忘れ得ぬこと。
忘れてはならないこと。
誰もがかみしめつつの数え日になる。

列島はクリスマス寒波の到来だが、
冬至の日に一陽来復を願う心には、素朴な再生への祈りがある。
早い日暮れに灯る明かりのどの窓にも、人の幸いがあればいい。
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数え日――という感覚を、心から実感する日々。
例年、殺気すら感じる年の瀬、
「先急ぎするような気持ちと、見送ってたたずむような思い」を感じると、
♪もういくつ寝るとお正月~ではないけれど、
指折り数えて早く年の瀬が終わらないかと、祈るように過ごす日々が続く。

今年を振り返れば、確かに二度と経験したくないことが多かった。
忘れてしまいたいと心から思ったこともあった。
でも忘れてはならないと、常に自らを叱咤して過ごしてきた。
春が来ないのではないかと思った3月のあの日から、
着実に忠実に季節は移ろい、また試練の冬を迎える。

日中が最も短い時期、私の心に映し出される光景は、
つるべ落としのように暮れる夕陽を背に、家路を急ぐ人の軌跡だ。
ドヴォルザークの交響曲「新世界から」の第2楽章を聴いても、
「いきものがかり」の「帰りたくなったよ」を聴いても、この光景を思い出す。
帰巣本能という、人間の本能的欲求は、家に帰ることで安堵を感じるからだ。

でも、帰りたくても帰るべき家がない人がいる。
あっても、立ち入りが長期間にわたって規制されている人がいる。
いまだ仮設の、あるいは避難所に帰る人もいる。
「早い日暮れに灯る明かりのどの窓にも、人の幸いがあればいい」と思う一方、
自分の家の窓に明かりすら灯せない人たちがいることを、私たちは忘れてはならない。

南瓜も小豆粥も、残念ながら手元になかった。
ただ頂き物の柚子があった
この柚子、先日お料理のアクセントにするため皮を削ってしまい、薄衣になってしまっている。
今宵は幸いを感じたくて、ささやかな柚子湯にしてみた。
20111222柚子.JPG
未曾有の年らしく、柚子の表層が除去されたと思えばよい。
この幸せを感じながら、寒い被災地にもささやかな幸せが届けばいいなと思った。

まだ復興は始まったばかり。


被災地にもメリークリスマス! [地震に負けるな!]

被災地にもメリークリスマス!

世間的に今日はクリスマスイブという日でありまして、
なおかつ3連休の中日、さぞかし楽しい日を送っておられることでしょうね。

因果な職業でありまして、皆さんが休み遊べるときには、仕事が忙しくなるゆえ、
クリスマスはめでたく仕事であります
ましてや神経をとがらせている日々、そしてイブが終わったからって終了とは言えない。
10月から続く「年末」という季節の特別体制は、1月3日まで続くんですから。
まったく楽しい日ではなく、むしろ苦行に近い日であります。

学生時代を含めると、20年以上、クリスマスは臨戦態勢ゆえ、
いい思い出はまったくありません。
ちなみに昨年は、体調を崩してしまい、でも休むわけにもいかず懸命に仕事。
21時過ぎにやっとお役御免、と同時に倒れるように寝てしまいました
そうじゃなくとも、夜遅くまでずっと詰めていて、遅くなって解放。
ケーキもチキンもなく、だいたいビールを飲んでそのままコロッと寝てしまう。
目が覚めると、「明石家サンタ」をやっている・・
本当に気の毒な日なのであります。

私はもうあきらめちゃっているから構わないのですが、
以前はあきらめてくれない人もいましね・・。
数日前から不機嫌になってしまい、機嫌を直してもらえるように、
夜遅くに車を走らせて、プレゼントだけしてとんぼ返りした「痛い」思い出もあります・・。

節電の影響で、クリスマスのライトアップも控えめなものが多いとか。
被災地はクリスマスどころじゃないという人もいらっしゃると思います。
でも、日常を取り戻すのも人間らしさの追求ですから、
ここは精一杯背伸びして無理をして、クリスマスの夕べを楽しんでみたらいかがでしょうか。

去年は一緒に楽しんだ人が、今年はいらっしゃらないという人も多いと思います。
ましてやそれが子どもさんだったり、愛する人だったりすると、
とてもそんな楽しみは味わえないという気持ちもあるでしょう。
それならそれで、鎮魂の夕べを送ってください。
私たちは、そういう人の存在を絶えず認識しながら
この本来楽しいはずのクリスマスを送る、特別な年にしなければなりません

サンタクロースがいるのなら、せめてこの日だけは誰しもが穏やかな気持ちで送れるよう、
その「平穏」をプレゼントしてほしい。
もしかしたら、私たちがサンタさんになることが必要な人もいっぱいいます。
今でもできるアクションを探して、息の長い支援を継続しましょう。

日本酒でお世話になっている茨城・磯蔵酒造さんは、
「私たちの気持ち」を「き『餅』」と置き換えて、餅を被災地に送る運動をしているそうです。
20111224もちマン.jpg
こういう「にわかサンタさん」がいっぱいいっぱいいれば、
寒い思いをしている多くの皆さんに、ふとした温かさをお届けすることができるのでしょう。

私が仕事に励んでいられるのも、被災地の皆さんが必死に復興に臨んでるから。
一瞬でもいいから、被災地のことを思うクリスマスにしたいなあと思います。

被災地にだけは、サンタさんに自粛してほしくないなあ、絶対に来てね。


12月19日、社会人アメフット「ジャパンXボウル」観戦 水道橋 [見ると飲む]

12月19日(月)、社会人アメフット「ジャパンXボウル」観戦 水道橋

この日は、社会人のアメフットの決勝「ジャパンXボウル」が、東京ドームで開催される。
例によって年末作業の佳境につき、行けるかどうかの最終判断が、
二日前になってしまったけど、万難を排して行けそうであります。
事前の調整が功を奏し、その日は定時前には上がれることに。
じゃあいろんな所で買い出しをして、楽しいスポーツ観戦になりそうであります。

同行者は池袋の職場を18時過ぎに出られたよう、
19時のキックオフ前にドーム入りができそうな状態。
私は例によって行の電車は貴重な睡眠タイム。
でも少し早めに動けたから、北千住でちょみちょみ買い出し。
成城石井さんで、ビールやお酒、シューマイやサラダなどを購入。
すぐそばのスープ屋さんで、テイクアウトの温かいスープも購入。
そのスープの芳香を電車内にまき散らしながら(笑い)、水道橋へ向かいます。

ドーム周辺は大混雑、ちょうど試合開始前の、一番混んでいるころ。
チケットを手配できていないので、ダフ屋がいないかなあと思ったら、いなかった、残念・・。
当日券で入ることにしましょう。
ちょっとの差で先行している同行者から、
「混雑していて、内野席は一杯だから、外野でもいい?」とメールが届く。
まったく問題なし、だってどっちのチームもあんまり思い入れないから

あっ、そうそう、この決勝に出場したのは、
オービックシーガルズと、富士通フロンティアーズ
今年私が応援していたノジマ相模原ライズは、残念ながらファイナル4で負けてしまいました。
来季に期待しましょう。
下馬評ではオービックが有利との情勢、判官びいきで富士通を応援しようかなあ。
でも、同行者が、ユニフォームの色がかっこいいから、オービックサイドをご希望。
全然かまいません。

ドームに入るとやっぱり混雑している。
おそらく各企業の動員と見えて、スーツ姿の人たちが多い。
都市対抗野球みたいであります。
人をかき分け、オービックサイド=一塁側の内野席から、ライトスタンド方面に歩く。
ちなみにアメフットはハーフウェーラインの真上が良い席とされているから、
内野というより内野と外野の境くらいから混み始めて、
だんだん内野方向に人が埋まっていく。
外野席は、背もたれがないのと、ビジョンが見えないことから、みんな敬遠しているみたい。

同行者は外野席の本当に奥、バックスクリーンのそばの、ちょっと高い位置に陣取っていた。
なんで高い位置なのかっていうと、そこの席がフェンスのすぐ前。
だからフェンスを背もたれにできるという考え、素晴らしい!
ちなみにそこから見るフィールドはこんな感じ。
20111219ジャパンX4.JPG
すっごく見やすくって、面白い位置じゃないですか!
楽しみであります。

コイントスのあと、キックオフ。
さあ、飲みながら食べながら、楽しい観戦をしましょう。
なんと同行者も、後楽園の成城石井さんでフードを購入。
嗜好が似てきちゃっているから、なんと購入フードがかぶっている!
ポテトサラダ、2つになっちゃった!
20111219ジャパンX1.JPG
ちなみに同行者は20%引きのもの、私は10%引き、ああ、負けた・・
あとは、たいめいけんさんのメンチカツサンド、カキフライ、豆のサラダ。
20111219ジャパンX3.JPG
スープは2種類、温かいうちに飲んじゃいましょう。
ガーリックの香りが周辺に漂う、ちょっと恥ずかしい。
外野席はベンチシートみたいな形だから、座席に余裕を取れば、フードを並べて食せる。
ちなみに内野席は独立した跳ね上げ型シートだから、足でずっと押さえていないと、
フードがドリフのコントみたいに全部ひっくりかえっちゃう。
そういった意味では、外野席の方がいいですね。
でもお互いがフードをこれでもかって買ってきちゃったから、ちょっと過多
まあ足りないよりはいいですけど・・。

この座席は、縦方向の距離感はあんまりわからないんだけど、
横方向には、ものすごくわかるのね。
だから、真横から見た、いわゆるテレビ映像とは全く違ったアングルで、
それこそフォーメーションとかラインの位置取り。
パスコースに出るレシーバーの動きや、それに対応するディフェンスの位置取り。
あとサイドラインのコーチ陣や控えの選手もよく見えます。
こんなに面白い場所で見られるなんて、素敵であります。
20111219ジャパンX2.JPG

前半は一進一退、ロースコアゲームの様相
有利と伝えられていたオービックが、オフェンスに手をこまねいている。
富士通は、プレー前の作戦会議を行わず、すべてブロックサインと暗号で伝える
「ノーハドルオフェンス」により、優位に展開。
前半を終えて、まさかの3-7で富士通のリード。

ハーフタイムショーは、リーグ所属のチア二百人くらいが出てきて、
フィールドいっぱいにダンスショーを。
横2列、各100人が直線を作ってラインダンスを繰り広げるさまは、
観客席からもどよめきが出ていた、足が見事に上がっていました。

後半、オービックはビッグプレーを見せます。
富士通のキックオフが、自陣2ヤードでキャッチ、
そこからのリターナーがカバレッジチームをすり抜け、なんと98ヤードキックオフリターンTD!
これが、内野方向から外野へ走ってくるシチュエーションゆえ、私たちのスタンドからは、
こっちへ向かってくる様子、これは興奮します。
それに、この手のビッグプレーは、試合を観戦していてもそうそうあるもんじゃない。
いいものを見ました。

ここからも一進一退、でも富士通にとって誤算だったのは、
正QBが負傷退場、バックアップQBも負傷。
サードQBは、もともと負傷していて出場予定じゃなかった選手ゆえ、
キャッチアップオフェンスが手負いになってしまったこと。
それでも、懸命のオフェンスシリーズで、1TD差まで追いつく。
最後のプレーは残り28秒、タイムアウトを取ると、
オフェンスだけじゃなくて全選手・スタッフが集まってプレーコールを確認
タッチダウンを狙った最後のパスは、オービックのインターセプトで万事休す。
24-17でオービックが連覇であります。

一応オービックサイドに座ったから、ディフェンスがインターセプトした時はやったーと思った。
でも負傷者続出でも、懸命にキャッチアップした富士通もかっこよかったなあ。
判官びいきというより、また見たくなるプレーコールだった。
来季は富士通も注目かもしれないです。

さすがにフードは全部食べきれず、サンドイッチはお土産に。
試合が盛り上がりすぎちゃって、外に出たら22時15分
これじゃあ飲みに行くのはムリですね。
私は構わないんだけど、同行者にとっては年末でなおかつ週明け。
月曜日から無茶はできませぬ。
同じ春日部市民なんだけど、経由が違うから、秋葉原で別れる、じゃあね

私は北千住経由で帰路に。
まっすぐ帰れず、春日部の「イエローノート」さん
あれ?今日はバーテンダーさんが一人しかいない。
すると、どうも体調不良で早退しちゃったらしい。
彼はいつも年末に体調を崩すから、年中行事のようです。
おそらく年明けまで完治しないんだろうな。

静かに2時間くらい飲み。
バーボンロックなんて久々に飲んじゃいました。

前の日はアイスホッケー、この日はアメフット。
マイナー競技なれど、好きなスポーツを見てアルコールを飲む幸せ。
外気は寒いけど、心の奥底にはポッとあたたかい気持ちになれます。
さすがに年内のスポーツ観戦は終わりですね。
今年もいろいろ見ましたけど、来年も貪欲に見に行きましょう

12月19日、金正日総書記死亡と朝日夕刊 [見る]

12月19日(月)、金正日総書記死亡と朝日夕刊

この日、いつものように仕事場にNHKラジオ第1放送を流していまして、
正午のニュースをなにげなく聞いておりました。
末田正雄アナウンサーが、いつも通り、淡々とニュース原稿を読んでいます。
おそらく12時6分ごろ、末田さんが沈黙しました。
正確には、アナウンサー席の「カフ」をおろして、ディレクターと話している模様。
カフをおろすと、音声は流れませんから、ラジオでは沈黙になってしまいます。
すると、驚きの原稿を読み始めました。

「北朝鮮の朝鮮中央放送によりますと、金正日総書記が死亡したということです」

1行のフラッシュ原稿、いわゆる「特報」です。
おそらく、24時間ニュースをウォッチしている「ラヂオプレス」からの速報でしょう。
このニュースは、最大級の扱いを必要とするものですが、
なにせ、末田さんのところには、この原稿しか届いていない模様。
やむを得ない末田さんは、同じ原稿を5~6回くらい読んでいました

一本だけ別のニュースを読んだ後、おそらく続報が届いたと見えて、
やっと詳細を語り出しました。

くしくも、父親の金日成が死去したとき、各国のコミント(諜報)機関がどう動いたのか
――という本を持っている私としては、この死去の一報により、
ありとあらゆる機関が動き出すファンファーレになっていることだろうと推測できます。
事実、韓国軍はただちに非常警戒態勢に突入。
日本の自衛隊も、不測事態対処体制に入りました。
おそらくこれからしばらくは、不安定な状況になるでしょう。

ここで、北朝鮮という近くて見えずらい国のことを語るのはやめます。
諸説があり、民族問題があり、高度な政治問題でもあるから。
でもそういう話をするのは嫌いじゃないんですよ。
話をしたい方は、私に直接会いに来てください(笑い)

じゃあなにを語るのかというと、新聞の夕刊の紙面について。
私は朝日新聞を購読しているのですが、
朝日の夕刊は遠隔地から2版、3版、4版とあります。
締め切り時間はおそらく、最終版が午後1時15分ごろ、
だから3版は12時ごろと推測されます。
ちなみに私の住んでいる地域は3版地域、さあ、どんな紙面かしら?
20111219朝日新聞1.JPG
やっぱり間に合わなかったのね、1行も載っていません。
まあ締め切り時間からすると、やむを得ないでしょう。
ところが、この日外出をして、都内で購入した朝日新聞夕刊はこれ。
20111219朝日新聞2.JPG
1面1・5段見出しの白抜きトッパン、これは扱いとしては最大級の紙面構成です。
ところが1面上の版立て表示にヘンな記号。
20111219朝日新聞3.JPG
「3版●」なんですね。

つまりどういうことがあったのかというと、
3版を降版した(印刷工程に入った)あとに飛び込んできたニュース。
これを叩き込むため、輪転機の一部を止め、新しく作った紙面を降版。
その目印が「●」なんです。
だから、3版地域に、普通の3版と3版●が配られ、
運が良ければ、飛び込みニュースが見られるという仕組み。

とっさにつくった3版●では、本来トップ記事の
「橋下市政始動」の写真付き五段70行記事が、
削りに削って二段18行になっちゃっている。
またほかの一面掲載記事2つが、社会面に飛んじゃったから、
社会面も3版●で、作りかえ。
――とまあ、おそらく10分足らずで、神業のような紙面変更をやったのでしょうね。

こういう新聞紙面の暗号を知ることで、見えてくるロマン。
金正日総書記死亡は、こういうことも明らかにしてくれたのでありました。

でも新聞社ってすごいなあと思いますけど、
おそらく怒号が飛び交う、壮絶な現場だったんでしょうね。